旅するまめしば開設五周年記念作品 第三弾

『ウォーリアー・ガール 記憶の中のデイドリーム』


《登場人物 主人公》
朝日向アイゼン
モニカ・フェルゲンハウアー
霜月颯
鳴神葉助
朝日向愛之助

《登場人物 オラクル・ネットワーク》
ツバサ:妖狐/御先稲荷
ちせ:チセコロカムイ
シュナ:キジムナー
ティーダ:シーサー
レイヴン:八咫烏
卯月モモ:魔法少女/ナモミハギ/漫画家
電波ネコ:使い魔
聖悠里:ぬりかべ
十束暁:人魚/地下アイドル

《登場人物 外部協力》
隠神刑部:化け狸の総大将
玉藻前:九尾の狐
綾瀬洋平:川天狗のせがれ
山ン本五郎左衛門:魔王/武術の神
朱雀・玄武、白虎、青龍・麒麟:五大聖獣
阿頼耶:堕邪鬼
プールニマー:ナーギーニ

《登場人物 その他》
高坂凛然
李書文


//////////////////Part 4//////////////////


 朝倉神社から程近い病院、『朝倉総合病院』。
 アイゼンはそこで目を覚ました。
「うぅ……?」
 目を開けて飛び込んでくる光景は、真っ白な天井と真っ白なカーテン。そして、乱れた自分の前髪。そしてその前髪の向こうには、自分のものとは異なる栗色の髪がぴょんと飛び跳ねている。
 腕を見る。包帯が巻かれており、黄色い消毒液や赤い自分の血液がにじんでいるようだ。さらに右腕には注射針が刺さり、医療用テープで固定されている。注射針から伸びるチューブの先には、スタンドからつられた点滴の袋。
 布団をめくると分かる、自分がまとっているのは入院着。ツーピースタイプで、甚平のように左右の身頃を大きく重ねて紐で結うタイプのものだ。
「モニカ……」
 栗色の髪の正体は、モニカの寝癖。髪も服も雑で、泊まり込みで自分を見ていてくれたことがよく分かる。
「おおきに、ありがとぉな」
 すると、アイゼンの片方の目が光る。
「《拙者とアイゼン殿が初めてお会いした時も、こんな風でござった》」
「……そうやね」


 アイゼンと葉助の出会い。それは、アイゼンが中学2年生だったころまでさかのぼる。
 母親の死、父親の右腕の喪失とそれに伴う解雇、陥った貧乏、心なきいじめ。それに耐えかねたアイゼンは死という道を選び、学校の屋上から飛び降り自殺を決行した。だがそんな彼女に憑依してまで助けたのが、葉助だった。
 彼女が目覚めたとき、ひとりの人物がそばにいた。それは実の父親、朝日向愛之助であった。彼はアイゼンが目を覚ますなり、叫びながら訴えた。もう、妻の悠然(ゆうぜん)に続いてお前を失いたくないと。記憶が飛んでいたアイゼンは愛之助に、怖い夢を見たんやね、ようお泣きや、と言ってしまった。
 それから程なくして、自分の体には180年前に動乱の只中で死んだ侍である鳴神葉助の霊が憑依していることが、彼自身から告げられた。
 そしてどこからともなく現れた銀色の長い髪を持つ長身の老人、朝倉百夜(あさくら びゃくや)に、戦いの世界にいざなわれるとともに漆黒の拳銃を渡された。百夜は客人神として祭られているれっきとした神であり、しかしその神力を悪用(アイゼン曰く職権乱用)して人々の家に勝手に上がり込む妖怪ぬらりひょんであった。
 しばしその拳銃を見つめるアイゼン。
 彼女は決めた。悪霊を退け、悪意を祓い、この世界を悪意から守るために戦う『調律師』の使命を受け入れると。ならばと、調律の機器である音叉にちなんでアイゼンはその銃を『シュティンムガーベル』と名付けた。


 モニカが目を覚ます。
「アイゼン……? あれ? めぇ覚ましたのん……?」
 だが、そこにアイゼンはいなかった。
 その代わり、布団の上にはメモ帳とペンが残されている。そしてメモ帳には、「すぐ戻るから」とだけ書き記してあった。


 病院の屋上。
 飛び越えられない高いフェンスの上には、数羽のカラスが止まっている。そしてその中には、ひときわ大きな体を持つ三つ足のカラスがいる。アイゼンはそのカラスに呼び掛けた。
「レイヴン、いつも伝令役お疲れさん」
「おう。元気になったみてーだな」
 そう、そのカラスこそ、八咫烏のレイヴンだった。
 レイヴンはパンクロックな服装をまとう人の姿となって飛び降りる。整えた銀色の髪が今日もよく決まっている。
「調子はどうだ?」
「すっかり元気……とまではいかへんけどいい感じ。ただ、ちょっとおなかが空いたかにゃ?」
「あぁ、食欲沸きゃ元気な証拠だ」
「せやね。……あ〜、それにしても昨日の戦いはすごかったなー! 青島重機、今頃どうなっとるんやろ。絶対にテロとか怪奇現象とかで騒いどるよ、報道機関」
「そうだな。だがお前、ひとつ間違えてる」
「ほにゃ?」
 レイヴンが腰のポーチから取り出したのは、ミネラルウォーター。下手に茶類やジュース、食べ物を患者に手渡すよりは安全だ。
「お前、かれこれ1週間くれー寝てたぞ?」
「ほえぇぇぇ!?」
「待て。お前まで魔法少女になるつもりか」
 未開封のペットボトルで、アイゼンの頭を殴る。頭にまで包帯を巻いているというのに、容赦のない男だ。
「ひぎゃ!」
「だが無理もねぇよ。インシネレーターだっけ? あれほど地面をえぐり地震レベルの振動を引き起こし、自分も銃撃の反動で吹っ飛ぶレベルの銃撃だったんだ。体にも負担をかけたろうし、霊力の消費も半端じゃなかっただろ」
「まぁ…… せやけど、そんな話をしに来たんちゃうやろ?」
「ああ。話を脱線させたのはお前だけどな?」


 ベンチに座ってミネラルウォーターを飲みながら、アイゼンはレイヴンのあの後の出来事を聞いた。
「まずは、今回の事件を引き起こした張本人のエドアルト・ローゼンクロイツだな。
 恐ろしいことに、やつはまだ生きてやがる。しかも、やつの体の中には賢者の石は健在だ。その賢者の石は、半物質半エネルギー体で無尽蔵に錬成可能なもので、あいつを完全に殺す意外に消滅させる方法がねぇ。けどお前のインシネレーターを以ってしても死ななかったあいつを殺せねぇとなれば、賢者の石の消滅方法も分かんねぇ。
 だから今、エドアルトは山ン本さんに身柄を預かってもらってる。山ン本さんの言い分では、死なないんだったら手足を(はりつけ)にして永久に閉じ込めてしまえばいいってことらしい。東洋の魔王がかのキリストと同じ目に遭わせるかって話だよな。
 次に、エドアルトに従い、あるいは連れてこられた西洋の妖怪たちだ。あいつらの大部分は母国に返されたが、敵意が最初からない一部のグレムリンたちは暁が引き取り、しばらくの間は機械関連のスタッフとして雇うらしい。
 ヨトゥンヘイムだだけど、そいつはソウェルライガーがさらにバラバラに分解してくれたおかげで巨大ロボットの残骸であると人間の調査団が結論を出しにくくしてくれた。
 それと青島重機だけじゃなくヨトゥンヘイムが火の海にしてくれた工業地帯一帯に強力なジャミングをかけて、とにかく原因の究明をさせにくくして置いた。漫画家やってるモモにもどう裏工作するか相談したんだが、あのメルヘンな頭にまともな結論なんざ出せなかったよ。
 ……あ、そうそう。ソウェルライガーだけど、あれからちゃんとティーダに戻った。ティーダの魂を失ったライガーは沖縄に輸送されて、新品同様の姿で近くの小学校に飾られたらしいぞ? 颯さんは、滄州の鉄獅子みたいだなって言ってたな」
 ここまでの話を聞くころには、アイゼンのペットボトルは空になっていた。余程喉が渇いていたのだろう。レイヴンは何も言わず、2本目のペットボトルを差し出す。アイゼンは礼を言いながらキャップを開封し、つぶやいた。
「そんなことがあったんやね。って言うか、沖縄版の鉄獅子かぁ。うちも飾られとる小学校、見てみたいなぁ。あれに乗ってモニカは、うちらと一緒に戦ってくれたんやもんね」
 すると。
「そうだよ! そんな命をかけて戦った親友を、どうして置き去りにできるのかな!」
 アイゼンとレイヴンは、ぎょっとしてその声がした方向を見やる。
 そしてそこには、腕を組んで仁王立ちになっているモニカがいた。
「えぇと、モニカ…… 別に置き去りにしたんちゃうよ。待っとってくれたら、レイヴンの報告聞いたらすぐに戻るつもりやったんやけど」
「こっちは心配するの! 1週間ぶっ通しで眠り続けて、ふと気が付いたらいないんだもん! どれだけわたしが心配したと!」
「うん。ありがとぉな」
 怒鳴るモニカに対し、アイゼンは柔らかく礼を言う。
「アイ、ゼ……」
「心配かけて、堪忍な」
「………… ……卑怯だよ、怒れないじゃん」


 モニカがベンチに座ったところで、アイゼンはレイヴンに質問を投げかける。
「そうや、肝心なこと忘れとった。リンおばさんは? あれからどうなったん!?」
「あの非常識な人ねぇ。あの人もお前と同じように眠り続けてるよ。ただし病院じゃなくて、そこの怖いもの知らずのお嬢様の家でな」
「え!? ……ほんま、モニカ!?」
「ほんまも何もほんまやて(できるだけ発音を近づけている)。弟子の颯とメイドさんたちが代わる代わる様子を見てる。
 ただ山ン本さん曰く、お師匠さんは霊力をすり減らしたアイゼンを悪霊から守るために、確か『生命因子の共有化』をしているから眠っているんじゃないかって言ってた。まぁその、アイゼンが回復すればすぐにでも目覚めるんじゃないかって」
「そうなんや…… ふぅ、安心した」
 そう言って、アイゼンはごくごくとミネラルウォーターを飲み下した。唇からはひと筋、飲み損じた水が零れ落ちている。
 唇をぬぐい、アイゼンはつぶやいた。
「もう5年になるやろか。お母さんを事故で亡くす前にリンおばさんが心臓病で死んでもうてな。アホみたいに大声で笑う、嘘がつけなくて真っ赤になって逆ギレする、そして行く先々で非常識を巻き起こすようなリンおばさんが死ぬなんて、受け止めたくもなかった。でも、オラクルの任務の中でやっぱり非常識な登場の仕方でまたリンおばさんに会えた。それは、確かにうれしいよ?
 せやけど、ちゃんとまだ挨拶できてない。お久しぶりって、面と向かって言えとらん。リンおばさんにこのまままたどこかに行かれたら、うち、もうリンおばさんとお話できひん。
 リンおばさんはもう今に生きる人やない。もうとっくに死んどる。またいつおらんようになってもおかしくない。せやからまたどこかに行ってまう前に、ちゃんと挨拶したんや」
 そうつぶやくアイゼンの髪をレイヴンは優しく()き、ベルトや鋲などで飾り立てたブーツを逆の手で抱え込む。アイゼンの独白を、モニカはただ静かに聞いていた。
「……モニカ、お願いがあるんや」
「うん」
「うち、退院したら真っ先にモニカの家に行く。それまで、リンおばさんがどこにも行かんように説得しといてもらえへんやろか?」
「うん。そのくらいお安い御用だよ」
「おおきに、ありがとぉな。今度、飛び切りおいしいロールキャベツご馳そ」
 だが、モニカはアイゼンの唇を人差し指一本でふさいだ。
「貸し借りになんてするつもりないよ。わたしたち、同じ戦場に立った親友じゃんか!」


 後日。
 フェルゲンハウアー邸。
 玄関を入ってすぐのホールで、アイゼン、颯、モニカ、愛之助は待たされていた。あとから、エドアルトとの戦いで共闘した仲間たち ――レイヴン、セイレンジャーの3人とティーダ、モモと電波ネコ、山ン本、悠里、洋平、暁、五大聖獣、阿頼耶―― も訪れた。
 ちなみにアイゼンは頭、両腕、両足、服に隠れているが胸にも包帯を巻いており、それがまだ取れない。けがをしているという点では、颯もほかの仲間たちも同様だ。唯一、ソウェルライガーに乗って戦ったモニカだけがほぼ無傷だ。
 すると彼女たちの前に見習いのメイドが現れ、モニカに言った。
「お嬢様、お客様方。高坂凛然様がお見えになられます」
「うん、ありがとね」
 モニカが答えるとメイドは一礼して去ってゆく。
 ホールと2階の廊下をつなぐ階段は左右にひとつずつある。そしてその左側にある階段から、凛然は別のメイドに連れられてゆっくりと降りてきた。
 アイゼンたちはソファーから立ち、ずらりと並んで凛然を出迎えた。まるで、高貴なお姫様を出迎えるようだ。だが凛然はそんなお姫様とはあまりにかけ離れており、アイゼンたち同様に包帯やガーゼを全身に巻いている。
 凛然を先導していたメイドは、モニカ、颯に次いでこの屋敷で偉い女性、メイド長の城山(しろやま)スズカ。落ち着いたたたずまいとは裏腹に、人を(本当に嫌がらない程度に)いじめるのが大好きなドSでもある。かつてアイゼンは彼女の餌食となった。
「よう、みんな」
 凛然は手すりにつかまり、力強く跳躍してスズカの頭上を舞った。ひととせ中央高校指定のスカートがひらりと舞うが、そこはきちんとガードする。
「もう、凛然さんったら! 怪我人のすることじゃないですよ!」
「いいんです。ウチは怪我人どころかとっくに死んでますしね」
「さっきまで爆睡していたくせによく言いますよ」
「えへへ、まぁまぁ」
 反省する様子もなく頭をかいて笑う凛然。
 もはや凛然の一挙一動には、誰もがリアクションに困る。
 そんな中、颯だけが一歩前に出て凛然を見る。しっかりと着こなした執事服をまとい、しかし絆創膏と包帯だらけで全く様になっていない。
 そして颯は言った。
「師匠」
「ん?」
「大変遅れ馳せながら、お久しぶりでした」
 深々と頭を下げる颯。そんな彼に、凛然は二カッと笑って答えた。
「あぁ、久しぶり。頭上げろ、颯」
 凛然に言われ、颯は再び直立した。
「お前に言われるまで忘れてたよ、ウチも。そう言えば再会はあの騒々しい戦場だったよね。ウチこそまともな挨拶が遅れて悪かった。それにしても立派になったな、会わなかった4〜5年のうちに」
「……ありがとうございます、恐縮です」
「うん。エドアルトとの戦い…… 颯の戦いぶりを見て、颯がどれだけ修行してきたのかよく分かった。ウチが死ぬ時、颯に教えることはもう何もなかった。ただもうひとつだけ教えることがあるとすれば、性格もそうだが少しまじめすぎる。敵に攻撃を読まれやすい。そこのじゃじゃ馬なお嬢様にいいようにコケにされやすい。ちょっと遊び心を持ったっていいんじゃねーの?」
「ぐはぁ!」
 容赦ない凛然の言葉に、今にも吐血しそうな颯。モニカはそんな彼を支えながら、「再会のあいさつにしてはあんまりです!」と訴えた。
「くひひゃはははは! いやぁ、弟子をからかうのはいつになっても楽しいよ」
「それいじめ!」
 次に凛然の前に出たのは、アイゼンだった。
「あの、その、リンおばさん」
「うん。アイゼンも大きくなったな」
「うん、ありがとう…… ええと、あの、そうじゃなくて……」
 するとアイゼンはゆっくり凛然に歩み寄り、そして。
「アイ……」
 凛然に抱き着いた。
 凛然の首に両腕を回し、彼女の右頬に顔をうずめ、そして力いっぱい抱き寄せた。
「もう…… もう、どこにも行かんといて? 行かんといて……?」
「…………」
 涙声になるアイゼン。
 頬を伝うひと筋の涙。
 凛然の首筋にしみこむ心地よい熱さ。
 そして凛然も、アイゼンの背中に手を回す。
「大丈夫。アイゼンが生と死のはざまで善い行いを続けていれば、ウチらはまたどこかで会える。あんたは充分強い。それでも負けそうになった時、絶望に打ちひしがれ挫けそうになった時、ウチはどこからだって駆けつけて、アイゼンを助けてあげる」
 小さな子を諭すように、やさしい声で、ゆっくりと語りかける凛然。
「うぅ、リンおばさん……」
 そんな凛然の言葉に、アイゼンは大声をあげて泣き叫ぶ。それこそ、まるで小さな小さな女の子に戻ったかのように。
 その様子を見て、モニカは思った。
 ――わたしたちが初めて出会った時も、アイゼンは泣いてたな。
 アイゼンとモニカ、ともに高校1年生の春。
 モニカが当時噂になっていた悪霊に遭遇して襲われかけた時、調律師としてアイゼンが現れ、彼女を救った。そして彼女の中には、侍の霊である葉助がいた。
 そして葉助はモニカに願った。どうかアイゼンの友人になってくれないか、と。モニカは葉助の言葉にうなずき、彼の願いを聞き入れた。いじめによって人間不信に陥っていたアイゼンにとって初めて親友と呼べる人物と出会えた瞬間だった。アイゼンはひどく動揺し、そして涙し、流した涙は渇き果てた心にしみこみ、時間をかけて潤していった。
「うわああああああああああああん!」
 そして今、またアイゼンは泣いている。
 どんな想いで泣いているのだろう。悲しいのか、うれしいのか、それとも。
 モニカはそんな想いを馳せながらも、彼女の背中を微笑みながら見つめていた。
 オラクルの仲間たちもそれは同様。ツバサはウェスタンハットを深くかぶって目元を隠し、ちせに至ってはもらい泣きしていた。


 ひとしきり泣いて。
 もう血もにじまなくなった包帯で涙を拭き、アイゼンは言った。
「リンおばさん、ひとつお願いがあるんや」
「ん。言ってみな?」
「あの、その…… うちな? いろいろ話したいことがあるんや。リンおばさんが死んで、お母さんが死んで、友達がおらんようになって奈良から神奈川に引っ越してきて、そんでモニカと颯さんと出会って、それから今日までたくさん楽しいことがあって。
 たくさんたくさん話したい。時間をかけていろんなこと知ってもらいたい。リンおばさんにもモニカとお友達になってもらいたい。……せやけど、それでも、それでも」
「だな。ウチの都合上、無理な相談だ」
「うん。せやから」
 そう言うとアイゼンは、セーラー服のスカートに巻いたガンベルトから銃を抜き、言った。
「これで伝えたいんや」
 つまり。
「……ほー?」
 戦えと言うこと。
「ええかな?」
「ウチのかわいい姪のこった。それがどういう結末になるか分からないバカでもないだろ?」
「モチのロンで!」
 アイゼンの答えを受け取るなり、凛然もまたブレザーから連結棒ジークフリート・バルムンクを取り出した。まさかのおばと姪の、それも武器を手にした真剣勝負の勃発に、誰もが騒然とする。いや、騒然とするどころではない。
「アイゼン! あんたバカなの!? あんたこそ本当のバカだな! せっかく退院したのに、また戻りたいわけ!?」
 だが。
「……お嬢様」
 アイゼンは答えなかった。


 フェルゲンハウアー邸、芝生の庭。
 オラクルの仲間たちやメイドたちが見守る中、アイゼンと凛然は互いの武器を構える。
「アイゼン、確かめたいんだけど葉助さんは戦いに参加するの?」
「ううん、せぇへんよ。これは、うちがリンおばさんとしたい戦いやから」
「上等。死んだって知らないからな?」
「うちは生きることを諦めない! 諦めない限り、人は何だってできるんだッ!」
「なお上等!」
 スズカが両者の間に立ち、競技用ピストルを空に掲げる。
「それでは位置について、用ぉ〜意!」
「スズカさん、それ陸上のスタート!」
 モニカがツッコミを入れるが、間に合わずに撃鉄が振り下ろされた。
 炸裂音が鳴り響く。そして凛然は強く芝生を蹴る。
「うりゃ!」
 まず一撃、アイゼンが引き金を引く。凛然は連結棒でそれを弾き飛ばしながらその先端をアイゼンに向けて突き出す。狙うはみぞおち。一気に仕留めるつもりだ。
 だがアイゼンもそう簡単に攻撃を食らいはしない。セーラー服の襟を翼のようにはためかせながら凛然の右わきに出て彼女の脇腹に旋風脚を食らわせようとする。だが、凛然は槍を手放した左手刀でアイゼンのブーツを受け止め、何とか脇腹への攻撃は防いだ。
 その様子を見て、モニカは。
「やっぱバカだ! アイゼンはバカだ! 金髭ニンジャを軽く殴り飛ばしたお師匠さん相手にケンカを売るだけでもバカだけど、本気の蹴りを見舞うとか本当にバカだ!」
「ですね。僕には絶対にできません。師匠に背くことも、師匠に挑戦しようとすることも。……ですが」
 颯のその言葉に山ン本はうなずき、「ですが」の続きを代弁するかのように言った。
「あのふたりは不器用なんじゃ」
「ふぇっ? 不器用、なんですか? アイゼンはともかくお師匠さんも?」
 銃をキーチェンジしての斬撃、連結棒を様々に組み替えての打撃。武器のみならず、肘撃ち、体当たり、蹴り、様々な体術を駆使してふたりは戦う。
 凛然のバトルスタイルは言わずもがな八極拳。アイゼンのそれは、葉助が習得している剣術と柔術、蹴りを得意とするテコンドー、そして実践の中で無駄な動きを削り続けてきた我流戦闘術と言ったところ。習いながら、そして戦いながら、自分なりのバトルスタイルを確立してきた。
 アイゼンは3発目の銃弾を消費してなお戦う。アイゼンに残された銃弾は半分になった。そして山ン本は続ける。
「まったくもってバカバカしい。不器用の在り方も違えば、ぬらりの孫は素直すぎるし、非常識娘はひねくれ過ぎている。共通の時間を設けてやればよいだけなのに、都合だ何だと抜かしよって。互いに口下手で照れくさいくせに、そろいもそろって大バカ者だ」
「いやー、それにしたってケンカはないでしょ、ケンカは」
「全くだ。だが見てみろ」
 山ン本に言われるが、モニカはまだ何が何だかわからない様子。だが、颯には理解できた。
「はい、僕には聞こえてくるようです」
「ふぇっ? 颯、何が?」
「お嬢様を以ってしても、ご理解いただけませんか? アイゼンくんも師匠も、確かに『会話』をしています。言葉ではない会話を」
 アイゼンは銃弾の4発目を消費。そして凛然の連結棒の連結器具が壊れる。互いに押され始めている。そしてアイゼンの体には新たなる傷とあざができ、また病院送りにされることは確実だ。頭からも血を流し、それが左目に流れ込み、自身の視界を奪おうとも、アイゼンは戦うことをやめない。
「しかし本当に非常識です。命がけの会話とか、昔に師匠に読ませていただいた古い少年漫画でもやりませんよね。師匠も規格外の非常識なら、ひょっとしたらアイゼンくんも同じ血を受け継いだ非常識です」
「ほんと、バカよ! ……でも」
 凛然もまた傷を負う。流れるのは緋色の鮮血ではなく、金色に輝く物質化された霊力。それでも、消耗していることは確かだ。そして荒く息をつきながら猫背になり、にらみつけるようにしてアイゼンを見据える。
「どうしてだろ。ふたりとも、すごく楽しそう」
「然様。あれが相反する不器用さを抱えた者の会話だ。まったくもって面倒くさい!」
 山ン本はそう吐き捨てるが、口元には笑みをたたえていた。
 ――なぁ、百夜よ。
 ――私たちも同じだったな、あのバカどもと。
 ――来る日も来る日も力比べ。どんなくだらぬことで張り合い、どちらがどれだけ勝ったかなど、今となってはまともに覚えてはおらぬ。されど、貴様とのケンカと道楽に明け暮れた日々は楽しかった。貴様は懐かしくないか、百夜よ。
 山ン本が魔王と呼ばれる前、自らの怒りによって『寛保二年江戸洪水』を引き起こす前、武術の神としての山ン本は客人神の百夜と仲が良かった。互いにくだらないことで勝負を持ち掛け、勝ち負けに関係なく笑いあった。半年前に大軍を率いての大戦争を引き起こしたが、彼らにも不器用な過去はあった。
 そんな不器用な者同士の不器用かつくだらない会話を今、アイゼンと凛然が繰り広げている。仲間を巻き添えにしてまで。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「くぁーっ、ぺっ!」
 アイゼンは呼吸するだけで精いっぱい。凛然は粘り気が強くなった唾液を吐き捨てる。
 そして、凛然が言った。
「アイゼン。銃弾、あと何発?」
「……2発やけど?」
「そっか。……んなら、そろそろ決着つけさせてもらうかね?」
「同じこと、うちも、言うところやった……」
 普段なら温厚なアイゼンも、戦いとなると負けず嫌いを発揮する。実のおばに対しても。
 するとここで、今まで誰もしなかった声援が飛んだ。
「アイゼェーン! 負けるなぁー!」
「モニカ……?」
 アイゼンが振り向く。そこには両手を口元に当ててメガホン代わりにして叫ぶモニカの姿があった。そしてそれを皮切りに、多くの仲間たちがアイゼンに声援を送りはじめた。
「アイゼン、負けんじゃねぇぞー!」
「アイゼンさん、がんばってくださぁーい!」
「アイゼンくんも師匠も、どちらもご健闘を!」
「ぬるい試合を見せたら許さんぞ、小娘ども!」
 すると暁が。
「へぇーい! 景気づけに歌でも歌うぅ!? バトルBGM、スタート!」
 メイド服の中からマイクを取り出し、そのスイッチを入れる(スピーカーと一体型となっており外部機器は必要ない)。そしてレイヴンもアコースティックギターを、朱雀と白虎はそれぞれユーフォニアムとバイオリンを構える。鬼族の阿頼耶はドラム缶を持ち出して日用品パーカッションパフォーマンス『ストンプ』を奏で始める。
 歌い出したのは、『A Question of honner(クエスチョン・オブ・オナー)/名誉の問題』。勝つこと、負けること、そんなものよりも重要なものは名誉である。名誉のために戦う。そんな歌だ。それを暁は力強く声を張り上げて歌い始め、レイヴンたちバンド仲間もコーラスで続く。やがてその歌は仲間たちにも広がり、クエスチョン・オブ・オナーの大合唱が始まった。
 勝つか負けるかではない。
 重要なのは名誉である。
 その歌声はふたりの魂に届いただろうか。
 アイゼンの唇が、震える。
「みんな…… みんな……!」
「なぁ、アイゼン」
 連結棒を振り回して肩に担ぎ、凛然は言った。
「もうアイゼンはひとりじゃない。ちゃんと支えてくれる仲間がいて、いつもそばで見守ってくれる友達がいる。悠然(ねーちゃん)がいなくなってからもあんたを育ててくれた神様がいる。アイゼン。あんたはどんなときでも、ひとりじゃないよ」
「………… ……うん! うんっ!」
 再び、涙がアイゼンの頬を伝う。
 鼓動が強く打つ。
 銃を握る手に力がこもる。
 そして。
「まだ終われないだろ? ……さあ来いよ!」
「うおおああああああ!」
 涙ににじむ目でアイゼンは凛然に照準を合わせ、引き金を引いた。
「うぉっと!」
 アイゼンの銃撃を弾き飛ばした凛然。もうこれで、アイゼンには1発しか残されていない。
 そんな状態でも凛然は容赦なくアイゼンに連結棒を突きつける。アイゼンは銃身と両腕で凛然の攻撃をガードし、絶妙なフットワークや身のこなしで回避しつつカウンダ―攻撃を浴びせる。だがアイゼンが左足を踏み外した途端に、アイゼンは防戦一方に陥ってしまった。
 ――アイゼン、足ひねった!?
 モニカは歌をやめる。だが、アイゼンがこれで終わらないことを信じてか、ほかの仲間たちは歌うことをやめない。
 ――ううん、アイゼンはまだ負けたわけじゃない。最後の最後まで、きっと諦めない。
 ――だから、わたしも!
 再びクエスチョン・オブ・オナーを紡ぐモニカ。そんな彼女たちの歌に後押しされ、アイゼンも凛然の攻撃を真正面から当たりに行く。
「んにゃろぉ〜〜〜〜〜!」
「こん畜生ぉぉぉぉぉ〜!」
 武器と武器の交差。
 額と額の衝突。
 むき出しになった闘気と狂気。
 そして先程足を踏み外したのが原因か、先に力負けしたのはアイゼンだった。
 左足から滑ってよろめくアイゼン。離れる両者の額。
 そして凛然が止めを刺すべく、連結棒を構える。
 オーバーモーション。絶招(必殺技)を仕掛けるつもりだ。
「しまった、アイゼン!」
「我流絶招!」
 そして。
 繰り出されるは、エドアルトにも見舞った連結棒を用いての『エンド・オブ・ザ・ワールド』。


 命中。
 アイゼンは吹っ飛ばされ、モニカの屋敷の桜の木を1本へし折り、その向こうにある黒い強化フェンスに激突。カーボンで強化されているにもかかわらずそれはクレーターのようにへこみ、アイゼンはその中に沈んでしまう。さすが、最強を極めた凛然の技だ。
 空中を舞う調律銃シュティンムガーベル。晴れた青空に大きな放物線を描き、それはモニカの家の庭にポトリと落ちる。
 アイゼンが突き破った桜の木が崩れ落ちる。青々とした葉が舞い、細い枝が折れ、地面を伝ってモニカたちの体に届く程の激震を生みながら。
 そして。
「アイゼン……?」
 歌が終わる。
 誰もの足がすくんで、誰も動けずにいる。さすがに青ざめる者もいる。
 だが、凛然だけは倒れた桜の木の向こうをじっと見据えていた。
 果たして。


 アイゼンは。
「………… ………… ……はうつつつ〜……!」
 よろめきながらも、桜の木の向こうから姿を現したのだ。
「アイゼン!」「アイゼンくん!」「おめ、大丈夫か!?」
 足を引きずりながら歩いてくるアイゼンに、仲間たちは駆け寄る。そしていまにも倒れそうな彼女を、モニカが肩を抱いて支えた。
「アイゼン、しっかり!」
「うん…… うちなら大丈夫や。ほんま考えなしに戦いを挑んだら、死んどったか軽傷でも半身不随になってたところや」
「そのどこが軽傷なの!? その非常識さとけがに対する価値観、本当にお師匠さん譲りなんじゃないかなぁ!」
 騒ぎ立てるモニカだが、凛然はアイゼンに尋ねた。
「何か仕込んでたろ?」
 その言葉に、首をかしげる仲間たち。一方アイゼンは、答える代わりにセーラー服を右拳でパンチした。すると、コン、とプラスチックの板を叩くような妙な音がしたではないか。
「仕込んだ、言うよりもセーラー服そのものを外部からの衝撃に対してのみ反応して硬くなるようにしといたんや。ね、モモちゃん?」
「はいはーい! アイゼンちゃんの服に魔法をかけたのは、わったしでぇーす! さしずめ、バリアジャケット!」
「いや、うちまで魔法少女になるつもりないから」
「なーる。これでアイゼンは半身不随にならずに済んだと」
 モニカも凛然も、成る程とうなずいて納得する。
 アイゼンは調律銃シュティンムガーベルを拾いながら、凛然に言った。
「ありがと、リンおばさん。うちのわがまま聞いてくれて」
「あぁ。いつでも聞けるわけじゃないからね。それに、あんたのカウンター攻撃もなかなかだったよ。あんた、わざと足滑らせたろ?」
 そう言って凛然が左手で掲げたのは、フロントで鋭い刃物で引き裂かれたように分断されたネコブラ。そして凛然のワイシャツは右肩上がりに引き裂かれており、胸部にも金色の傷跡ができていた。
「わぉ。お師匠さんきわどい……」
「見るなよぉ」
 連結棒を肩にかけて引き裂かれたシャツを引っ張るがもう遅い。
「って言うか、バレとった?」
「確信を持ったのはこの傷をつけられた直後だね。ウチとしたことが、あんたに一杯飲まされてたわけだ」
「あ、言葉は用法用量を守って正しくお使いください。
 けど、そうやね。銃弾が残り1発になったところで勝負を仕掛けよぉ思て、わざと足首痛めたふりをしてリンおばさんが必殺技を繰り出してくるまで凌いだんや。
 そしてやっぱり仕掛けてきたとどめのエンド・オブ・ザ・ワールド。リンおばさんに勝てるわけないって最初から分かっとったから、せめて相打ちに持ち込もうとしたんよ」
「だったら、銃弾をぶち込んだほうが早くなかった? どうしてわざわざ剣型にしたんだよ。……いや? 成る程」
「そう。銃は構えて照準を固定してから引き金を引かなあかん。たいていの敵は撃てるけど、リンおばさんにはそれが通用せぇへんと踏んで、剣術に切り替えたんや。引き金を引きながらキーチェンジすれば充分間に合うし、ね」
「考えたじゃんか」
「必死に考えました!」
 うつむき気味に照れ笑いするアイゼン、八重歯をのぞかせ陽気に笑う凛然。
 だが、モニカと颯は軽く笑い合うふたりにどんと引いていた。
「……あのお師匠さんの攻撃を最後の一撃まで耐え続けるとか、間違ったら死ぬからね?」
「肉を切らせて骨を断つ作戦だったかも知れませんけどね、肉を切られる前に爆死モノですよ師匠の一撃は」


 程なくして。
 メイドのスズカが、凛然のスクールバッグを持ってきた。中には凛然の旅荷物が入っているのだろう。今さら学校に通っているとも考えにくい。
「凛然様、そろそろお時間かと」
「だね。とっくに過ぎてるけど」
 それでいいのか。一同はその言葉を力尽くで飲み込む。
 だが山ン本だけは違った。
 ――フン。死人に時間などないくせに。貴様は鬼族以上に天邪鬼だ。
 凛然はバッグを受け取ると、アイゼンに向き直った。
「なぁ、アイゼン」
「ほにゃ?」
「……会えて、うれしかったよ」
「……うん、うちも」
 凛然は、包帯まみれの手を差し出す。
 その手を、アイゼンも強く握り返した。
 互いに、何も言わない。
 言葉は余計な足かせになる。旅立つ者と、とどまる者の。
 瓜二つの姿のふたり。しっかりと互いを見つめ合い、握手をほどく。
 そこに、愛之助が声をかけた。
「凛然ちゃん」
 愛之助の右手は義手である。彼は自分の血が通った左手を差し出す。
「右手がこんななのでね、左手で失礼。こんな言葉を贈るのも変だが、元気で」
「お義兄(にい)さんも、いつまでもお元気で」
 凛然も手を握り返し、しっかりと別れの握手を交わす。
 そして凛然はスクールバッグを一度揺さぶり、一同を見渡した。
「それじゃ皆さん、ウチはこの辺で失礼します。かわいい姪のアイゼンをどうかよろしく。機会があれば、また会いましょう」
 そして再びアイゼンと目を合わせ、今度こそ凛然は踵を返した。
 振り返らない。しっかりとした足取りで、門に向かう。
 そんな凛然の背中を。
 ――リンおばさん……
 ――お師匠さん……
 ――……師匠も、道中御無事で。
 誰もが、静かに見つめていた。


 凛然の姿が、ゲートの向こうに消える。
 鉄のゲートを、メイドが閉める。ガシャンと金属の音が鳴り、凛然との別れは終わった。
 すると、颯が言った。
「……雨が、降りそうですね」
「ふぇっ?」
 モニカは尋ねるが、空はすがすがしいほどに晴れている。
「目ぇおかしくなった? 雨が降る様子なんて」
「あるわよ」
 モニカの言葉を遮ったのは、玉藻だった。
「ほら言うじゃない、狐の嫁入りって」
「あー。じゃあそんな熱愛カップルの邪魔をするのもなんだし、家の中入りますか」
「俺たちは帰るぜ?」
「僕は(フィアット)にビニールシートをかけてきます」
「ほな、うちはモニカと一緒にテレビでも」
「アイゼンは病院」
「しどい! 手当てならちせちゃんにやってもらうからぁ!」
「私はお茶をいただこう。これそこの給仕娘、支度をしなさい」
「ぬらりひょんですかあなたは」
「わたしも原稿仕上げなきゃー。今回のことはいい資料になったよ」
 セイレンジャーとティーダ、聖獣たち、玉藻と隠神、モモと電波ネコ、鬼の阿頼耶は帰路につき、山ン本と悠里はお茶を要求し、アイゼンとモニカ、洋平、レイヴンと暁はメイドたちに屋敷に案内される。颯はひとり、ガレージに向かった。
「ところでレイヴン。アイドルの暁ちゃんとは仲がええけど」
「お前のその発言はストップさせてもらう。アイドルはみんなのものだ」
「なーる。でも好きなんや」
「殴るぞ?」


 ガレージ、フィアット500車内。
 運転席に座り、颯はシートにもたれかかっていた。
 彼は泣いていた。
 ずっとこらえていた涙を、声を、人目をはばかることなくあふれさせていた。




 その日の夕方。
 某所、中華街。
 電話ボックスの上で居眠りをしている幽霊、李書文に、凛然は声をかけた。
「戻りましたよ、李先生」
《……遅かったな。何日待たせれば気が済む?》
「オニメンゴですって。では、中華街観光の続きしますか」
《そうだな。それよりも悪霊と姪っ子らはどうなった?》
「はい、片付きましたよ。姪っ子と弟子との再会は騒々しいものでしたよ」
《だろうな》
 李氏は電話ボックスから飛び降り、凛然を先導するように歩き出した。そして凛然も彼に続くように、スクールバッグを揺さぶって続いた。
《しかし何だってお前はそんな恰好で会いに行った? いい享年(とし)して若作りか?》
「いやぁ、あの子たちをびっくりさせてやりたいしテンションが上がるのもそうですけど、やっぱり若いっていいじゃないですか。永遠の若さはすべての女性の夢ですからね」
《お前からそんな言葉を聞くとは思ってもみなかったぞ。かつてのお前はそうではなかっただろ? 見定めた目標を極めるまでただひたすら修行に明け暮れ、決して後ろを振り向かない女武道家。女が若さに囚われたら、終わりなのではないか? 高坂凛然》
 李氏、自分こそ若作りしておいてそれはない。
「何を言うかと思えば。ウチにだって女の子としてのかわいらしさにあこがれることくらいありますよーだ」
《かわいいのは胸だけだ》
「武術社会の大御所だろうと次言ったらただじゃおきませんからね!」
《やれるものならやってみるがよい》
 西の空は琥珀色に輝き、美食を尽くさんと人々が群れを成す。
 李氏と凛然も、その中に溶け込んでいった。






「この偏屈ジジイめ」
《この超非常識娘め》




 ……このふたりは相変わらずである。




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