旅するまめしば開設五周年記念作品 第一弾

『艦隊これくしょん−艦これ− 謹賀新年! 第五遊撃部隊!』


《登場人物 第五遊撃部隊》
吹雪・駆逐艦/総旗艦
金剛・戦艦
加賀・正規空母
瑞鶴・軽空母
北上・重雷装巡洋艦
大井・重雷装巡洋艦

《登場人物 第六駆逐隊》
暁、響、雷、電・駆逐艦

《登場人物 元、第三水雷戦隊》
川内、神通、那珂・軽巡洋艦
睦月・駆逐艦
夕立・駆逐艦
雪風・駆逐艦

《登場人物 その他》
長門・秘書/戦艦
陸奥・戦艦
大淀・通信/軽巡洋艦
赤城・正規空母
比叡、榛名、霧島・戦艦
大鳳・装甲空母


 某年元日。
 艦隊司令部、演習場。
 川内型軽巡洋艦一番艦・「川内(せんだい)」が夜戦の帰りがてら朝の司令部を散歩して回っていたところ、演習場でにらみ合う二隻の艦娘を見つけた。
「おーおー、いつも頑張るねぇ。あたしも見習わなきゃ」
 二連装砲を構えているのは、特型駆逐艦一番艦・「吹雪(ふぶき)」。うなじでひとくくりにした黒髪、つり気味の凛とした目つきが彼女のチャームポイント。服装は吹雪型の制服である白地に濃紺の襟とスカートのセーラー服というもので、彼女が最初に出会った級友の一隻(ひとり)にも「地味っぽい」と言われた。
 そんな彼女を前にして拳骨を構えているのが、連合初の超弩級戦艦・「金剛(こんごう)」。伝統的な巫女装束を大胆にアレンジし、袴ではなくスカートをまとう。生まれはイギリスで、英国英語交じりの独特な口調で話す。そして出会ってからの吹雪のよき理解者でもある。
「ブッキー、もうギブアップですか? あなたのファイトはその程度ではないはずデス!」
「もちろんです。もうちょっと……、もうちょっとで何かがつかめると思います!」
 その対峙を見守るのは、翔鶴型航空母艦の二隻「翔鶴(しょうかく)」と「瑞鶴(ずいかく)」。翔鶴は銀色の長い髪をなびかせてベンチに座ってその様子をそっと見守り、瑞鶴はトレードマークのツインテールをほどいてあくびしながらベンチに横たえている。
「起きちゃったから散歩してみりゃ、新年早々よーがんばりますねー」
「きっと落ち着かないのよ。吹雪ちゃんも金剛さんも」
「クリスマスに大みそか、大掃除に新年を迎える準備。確かにあわただしかったもんね。でもこんな時にまで演習してるのってあのふたりだけだよ? 翔鶴姉、もう帰らない? あたし眠い。初詣の予定だってあるんだからさぁ」
「まぁまぁ。面白そうだから見ていきましょう。……圧倒的な戦力差のある駆逐艦と戦艦。その差を吹雪ちゃんがどうやって切り抜けるか。今後の深海棲艦(しんかいせいかん)との戦いにもきっと役に立つと思うわ」


 そう。
 この演習は、吹雪のような駆逐艦が金剛と同等の戦艦を前にしていかにその危機、そして戦力的不利を乗り越えるかを見るものなのだ。


「ハンデをあげましょう」
 ここで金剛が提案する。
「えっ?」
「ちょうどいいところに空母と軽巡がいます。彼女たちにちょっと手伝ってもらって、空母の艦載機あるいは軽巡洋艦以下のクラスのフォローは認めるとしマース! どうですか、かつての艦隊の仲間としてちょっとヘルプしてみるつもりは?」
 金剛は偶然この演習に居合わせただけの川内、瑞鶴、翔鶴に声をかけるのだった。
 そしてそんな彼女たちの反応は。
「面白そうだねぇ。やってみるか!」
「そうですね、これで面白い戦果が取れるのであらば」
「眠いけど、まぁ翔鶴姉がそう言うならいいかな」
 だが。
「いえ、これはわたしの演習です!」
 吹雪は連装砲の引き金に指をかけなおす。
「もうちょっと……! もうちょっとだけ、わたしひとりに戦わせてください。行きます、金剛さん!」
 吹雪はゆっくりと後進、そして勢い良く前進した。
「うおおああああああ!」
「あなたのそのファイト、私は好きデスよ」
 吹雪が撃つ。だが、そのすべての砲弾を金剛は素手で弾き飛ばしてしまう。それでも防ぎきれない分は、艤装を盾にして防ぎきってしまう。
「甘いデース!」
「まだまだ!」
 真正面がだめなら側面に出る。主砲がだめなら魚雷を放つ。
 確かに戦艦は魚雷に弱い。だが、それさえも金剛はかわしてしまう。
「吹雪の攻撃が当たらない!」
 川内が叫ぶが、そこに翔鶴でも瑞鶴でもない声がかかる。
「並みの深海棲艦ならともかく、もはや手の内を知り尽くした同郷。そう簡単に攻撃が当たる相手ではない。それは金剛にとっても同じことだ」
長門(ながと)秘書艦!」
 そこにいたのは、長門型一番艦「長門」。極秘とされた大和型戦艦「大和(やまと)」着任まで連合の象徴とされ、世界でも注目を集めた高速戦艦だ。そして連合を指揮する提督に代わって各艦・艦隊に指令を下す有能な秘書でもある。
 敬礼する川内に、長門は姿勢を崩して構わないと言って続けた。
「だがこれまでの実戦から見て分かるとおり、深海棲艦もまた我々の手の内を知ろうとしている。我々を欺き、我々を巧みに圧倒しようとしている。身内だから作戦が通じないなどという言葉はもはや言い訳にもなりはしない。
 それでもと言うべきか、だからこそと言うべきか、その身内すら凌駕する戦術、戦略が必要だとは思わないか? 連合、そして深海棲艦、どちらのそれまでの常識を根底から覆すような圧倒的な戦力。それは常に求めなければならない」
「その通りです、秘書艦」
「そして赤城(あかぎ)が予見した連合の危機から、吹雪は見事に救ってくれた。すべての戦局をひっくり返す、吹雪はまさに奇跡の艦だ。私は、吹雪ならあの不利さえ覆す力を持っていると信じている」
 ……だが。
 吹雪の長所である負けん気が逆に仇となったか、この日の早朝演習は吹雪の圧倒的な敗北と言う形で決着がついた。


 そして日は高くなり。
 この日はどの艦も初詣や新年会などで盛り上がる。深海棲艦からの侵略もなく、向こうもまた年が明けたことに浮かれているのかもしれない。
 吹雪は演習後の朝風呂と燃料・弾薬の補充、艤装のメンテナンスを終えると、すれ違う艦たちに挨拶をする。いつもまじめな彼女に、艦型関係なく同郷の艦たちは返事をしてくれる。だが中には軽く流す者もいれば、あからさまにいら立ちをぶつけてくる者もいる。
「んぁ? あぁ、吹雪ちゃん。あけましておめでとー」
「もう! あたしたちは忙しいの。どっかに行ってくれる? しっしっ!」
 重雷装巡洋艦の姉妹、「北上(きたかみ)」と「大井(おおい)」だ。三つ編みがトレードマークの北上はいつも眠そうな表情をしており、誰に対しても分け隔てなくゆるい笑顔で接する。対する大井は北上を溺愛しており彼女と行動を共にすることを何よりも重んじ、自分たちの間に割って入る者があろうものなら容赦なく憎悪の対象とするとんでもないヤンデレだ。
「あ、あはは…… 今年もどうかよろし」
 誰かにぶつかった。
「ひゃっ?」
「うわっ! ……あっ、吹雪ちゃん! おはよう! あと、あけましておめでとう!」
「おめでとう。あ、かすかに高速修復材(バケツ)のにおい。今日も朝から頑張ってるっぽい?」
 ハスキーボイスとカールした髪が特徴の少女は、睦月型駆逐艦一番艦・「睦月(むつき)」。彼女よりも背が高く金髪に灼眼を持つ少女は、白露型駆逐艦・「夕立(ゆうだち)」。どちらも吹雪、川内とともに第三水雷戦隊なる同じ艦隊で活躍した仲間であり、艦隊が解体された今でも吹雪の親友だ。
 だが、吹雪は夕立の姿を見るなり首をかしげた。
「……その服装は? 初詣じゃなさそうだけど」
「これ? これは、足柄(あしがら)先生の今度の合コンの衣装っぽい〜!」
 「足柄」。それは、駆逐級の中で吹雪たちの教室の授業を受け持つ重巡洋艦。イギリスの観艦式に出向いたときはそのいでたちから「飢えた狼」と称されたが、現在は戦闘力よりも『合コンでの成果』に飢えていると言われている。そして吹雪がこの鎮守府に着任した時点で合コンの直後だったのだとか。当然、足柄の恋は実っていなかった。
 夕立がまとっていたのは、フリルがふんだんにあしらわれた深紅のドレス。モチーフはおそらくは薔薇。カチューシャにも薔薇の造花が飾られ、爪はすべて深紅に塗られ、ただでさえプロポーションがよい夕立の背をさらに高くするハイヒールもエナメルの紅、唇にも同色の口紅を差している。
「あははは…… 夕立ちゃんよく似合ってるよ。わたしが男の人ならすぐにでも結婚申し込んじゃうかも?」
「ありがとう吹雪ちゃん! これで足柄先生に胸を張って報告できるっぽい!」
 だが、吹雪と睦月は黙っていた。
 それと同じ服装と化粧を足柄先生がしたのでは、きっと『何かが違う』と。
 そして予見した。次の合コンもきっと悲惨な結果が待っていると。
「やれやれ……」


 そしてこの日の昼。
 食堂。
 誰もが浮かれているところ、吹雪もまた新年会に呼ばれていたのであった。
 金剛が紅茶を片手に仕切る。
「皆さーん! 新年あけまして、おめでとうございマース! 今年もどうぞ、ヨロシクオネガイシマース! それではトゥデー限りの第五遊撃部隊の集まりを祝しまして、カンパァーイッ!」
「乾杯ぁーい……」
 金剛が用意した乙女チックなティーカップを掲げるのは、吹雪、瑞鶴、北上と大井、そして左側頭部でサイドテールを結っている白と青の弓道着の人物。
 彼女の名を、航空母艦「加賀(かが)」。第一航空戦隊に配属されたことを誇りとしており、何かにつけて第五航空戦隊と張り合っている。性格も口調もクールで、よく言えば落ち着きがあり悪く言えば周囲(特に第五航空戦隊との間)に壁を作る性格とも取れる。
 吹雪や加賀たちがため息をついている中、金剛はひとり、陽気にマカロンをつまみながら紅茶を味わっている。そんな彼女に加賀は、黄金色に輝く紅茶を見つめながら威圧感を帯びた静かな声でつぶやく。
「まったく、私たちは解隊されたのでは。今更何の用があって……」
「それはもちろん、かつての艦隊仲間と新年を祝いたいのデス! もちろん、私はこのあと妹たちを連れて別の艦と一緒に新年会を楽しみますヨ〜!」
「何度新年会を開くつもりですか」
「つべこべ言うのはNothing!!! 今という時間を楽しむのデース! ティータイムは大事にしないとネ〜♪」
 陽気な金剛に対し。
「あははははははははは……」
 吹雪は困惑していた。
 北上は普段からそうであるようにマイペースで新年会を楽しむと言うよりはお茶を楽しんでいるだけ。大井は北上と一緒の時間を邪魔されたことで怒りの限界を振り切りグラスをいくつも握りつぶしている。瑞鶴と加賀はずっとサーモンの取り合いを続け、どっちが一枚多いだ、何グラムオーバーしているだ、と些細なことでケンカしている。
 これは新年会などではない。
 新年会の名を借りた静かな戦争だ。
 吹雪は泣きながら思った。
 ――夕立ちゃんと睦月ちゃんと一緒の新年会がしたいよぉ〜〜〜〜〜!


 だが。
 同時刻、作戦会議室。
 長門はもう二隻の艦娘とともに神妙な面持ちで海図をにらみつけていた。
 一隻は妹の「陸奥(むつ)」。長門とは対照的に短くオシャレな髪型で、口調は軽く色っぽい。もう一隻は通信と情報収集を担当する軽巡洋艦の「大淀(おおよど)」。黒髪に黒縁メガネがよく似合う、火力よりも偵察力に優れる艦としてその力を発揮している。
「やれやれよね。深海棲艦(むこうがわ)も元日くらい休んでくれればいいのに」
「しかし敵の動きを把握した以上、我々も動かないわけにはいきません!」
 陸奥と大淀の言葉を受け、長門もひとつうなずいて答えた。
「ん。私は提督にこの状況を報告して指示を仰ごう。陸奥は出撃可能な艦を集めて艦隊を編成、大淀は引き続き敵の動きを探れ」
 深海棲艦の艦隊の侵攻。
 それを把握した以上、連合艦隊司令部も動かないわけにはいかない。
 そして、戦いは始まる。


 第五遊撃部隊の新年会も終わりに近づいたころ。
「はいた〜い(沖縄方言(うちなーぐち)でこんにちはの意味)! 緊急招集を呼びかけま〜す」
 鎮守府全域に、陸奥のアナウンスが響き渡った。
「深海棲艦の動きを把握。出撃可能な()は今すぐ作戦会議室に集合。アルコール飲んじゃった人はそれ以上飲まずに待機、寝る子は育つって言うけどさすがに緊急事態なので起こしちゃってねー」
 陸奥の気の抜けた呼びかけに、誰もがガラガラと崩れてゆく。
 気を取り直し、吹雪が叫ぶ。
「金剛さん!」
「Yes! それでは、元・第五遊撃部隊のみんなもレッツ、ミーティング!」
 吹雪、金剛、北上、大井、加賀、瑞鶴は、一斉に席を立って食堂を飛び出してゆく。


 そして、作戦会議室。
 吹雪たちのほかにも多くの艦娘が集まったが、その顔触れを見て長門はふっと微笑んだ。
「これより作戦指示を出す。
 吹雪を艦隊旗艦とした元・第五遊撃部隊をこの場で再度組織する。艦隊は脅威たる敵艦隊を駆逐せよ。そのほかの一同はこの場に待機、提督からの指示を待て」
 金剛が言う。
「新年会で集まったと言うのにまさかこのまま出撃するとは、不謹慎ながら何かの縁を感じマース」
「こっちは北上さんとの時間を二度も邪魔されていい迷惑よ!」
 大井の毒づきに誰もがため息をつくが、当の北上はいつものクールな表情のままにこやかに答えた。
「まぁまぁ、これも海の平和と鎮守府の防衛のため。がんばろ、大井っち」
「えぇ! 北上さんと一緒なら、たとえ地獄の果てまでもご一緒しましょう!」
「まぁ地獄なんて不穏なことは言わないで、生きて帰れればそれでいいじゃないの〜」
「ダメよ〜ダメダメ! あたしは北上さんと一緒じゃなきゃダメダメぇ〜!」
 どこの芸人だ。
 長門は頭を抱えて首を振る。
「今回もきみの活躍に期待している、旗艦吹雪」
「任せてください。それでは第五遊撃部隊、出撃します!」
 吹雪の敬礼に長門も返し、そして金剛以下一同も敬礼する。


 作戦会議室を出て。
 廊下にはまばらに解散する仲間たちの中に、一隻の艦娘の姿があった。
 彼女こそ、第一航空戦隊の旗艦として加賀とともに活躍した正規空母、「赤城」。加賀とはあらゆる面で対照的で、赤い胴着をまとい、たたずまいも穏やか。一見完全無欠の女性に見えるが、つまみ食い&大食いの女王、長風呂の女王として一部から恐れられている(大食いに関しては加賀も負けてはいない)。そして、吹雪にとっては彼女が強くあこがれる大先輩でもある。
「吹雪ちゃん、今回も旗艦を任されたようね」
「あっ、赤城先輩!」
 吹雪をはじめとする第五遊撃部隊の足が止まる。
「私はこのあと精密検査があるから支援艦隊にも同行できないけど、がんばってね。吹雪ちゃんならどんなに過酷な任務でも絶対に遂行できるって信じてるから」
「はっ、はいっ!」
「加賀さんも皆さんも、吹雪ちゃんを支えてあげてね。それでは、任務遂行の無事を祈ります。お気をつけて」
 赤城の敬礼に六隻も敬礼を返し、そしてドックに向けて走り出した。
 その道中。
「うへへへ…… 加賀先輩に応援してもらった……」
「加賀さんに見送ってもらった……」
 吹雪は普段の凛とした表情からは想像ができないほどゆるみ切ってしまい、加賀は頬をほんのり赤く染めて走る方向が定まっていない。
 この様子を見た北上と大井は。
「あ〜、駆逐級の下級生()から聞いたよ。吹雪ちゃんったら赤城さんのことになると気持ち悪いくらい恋する乙女の顔になるって」
「加賀さんも加賀さんよ。誰彼構わずつんけんするくせに、赤城さんにだけは甘いんだから。あの(ひと)がつまみ食い女王なのは加賀さんが止めないのも悪いのよ」
 言いたい放題だ。
 金剛は「仲睦まじきことはよきなりデース!」と言って笑い飛ばすが、瑞鶴だけは頭痛にさいなまれ続けていた。


 いよいよ出撃。
 艤装を装備した吹雪を筆頭に、仲間たちも続く。
 空を見た加賀が、吹雪に向けて叫ぶ。
「雲行きが怪しい……。戦いを長引かせるわけにはいかないわ。旗艦、どうする?」
「まずは索敵です。敵の戦力を充分把握し、できることなら敵旗艦を一気につぶします。戦いは将棋と同じ、王将を取ればそれで終わりです」
「確かに。……五航戦の子」
「瑞鶴よ! 覚えなさいこの仏頂面!」
 相変わらずこのふたりは仲が悪い。
 艦載機を飛ばす。金剛も偵察機を飛ばし、広いエリアを見渡す。
 すると、とんでもないことが分かってしまった。
「エネミー/敵艦発見!」
 金剛、加賀、瑞鶴が同時に叫ぶ。
 これには吹雪、北上、大井はもちろん、状況報告した先の三人も驚きを隠せない。
「え!?」
「What's!? どう言うことデス!?」
「こっちが聞きたいわよ。あんたんとこの艦載機、正常?」
「……深海棲艦は私たちの目を欺くため、いくつかの艦隊をバラバラに出撃させたのかもしれないわ。MOと言いMIと言い、いい加減頭にくる」
 加賀のみが冷静に分析する。そしてその分析をもとに、吹雪はすぐに鎮守府に連絡を取ろうとするが。
「こちら吹雪。鎮守府、応答せよ。鎮守府、応答せよ! ……すみませーん、誰かー!」
 吹雪の耳には、何の応答も帰ってこない。
「あれ? 通信装備の故障?」
「No,それはないですね、ブッキー。私も呼び掛けていますが、応答がありません」
「ジャミングね」
 瑞鶴が言う。
「五航戦」
「だーら覚えろって名前! おそらく敵艦隊はジャミングであたしたちの通信を妨害してる。そうじゃない?」
「なら、どうやって? この近辺に敵の艦影はなかったわ。それに敵地から鎮守府までの広域をどうやって妨害できるの?」
「そ、それはっ!」
 その答えは吹雪が出した。
「ブイです。おそらくは数日前に大量のブイを海流に乗るように流し、ブイが鎮守府の近くに近づいたと思われるタイミングで第一の艦隊が出撃、わざと鎮守府にとらえられた頃合いを見計らってジャミングを発生させ、次なる艦隊が同時に進撃してきた。同時に、わたしたちと鎮守府の連絡手段を封じる……。
 そう考えれば敵艦が発見できなかったことも、広域にわたって電波障害を起こすことも説明できます」
「ブッキー名推理! まるで故郷英国(イギリス)の名探偵シャーロック・ホームズ! さあ我らがフラグシップ、どうします?」
「まず、発見した敵艦隊の種類と数を教えていただきますか?」
 怪訝な顔をする三人。だが旗艦の指示ゆえに答える。
「私の零式がとらえたのは、戦艦一・重巡二、駆逐三デース」
「あたしの艦攻は、雷巡、空母、駆逐ともに二隻ずつよ」
「戦艦二、空母一、軽巡二、駆逐一。さすが優秀な子たち」
「了解です。金剛さんはこの結果を零式に報告しに行ってもらい、支援艦隊を出してくれるようお願いしてください。わたしたちはここから最も近い敵艦隊と邂逅、一気にこれをたたきます。戦闘中に第二第三の敵艦隊に襲われないよう、時間との勝負です」
「Hey! それならこっちです。皆さん、ついてきてくださいネーッ!」
 今度は金剛が先頭を取る。吹雪たちは金剛の後を追った。
 空はさらに曇る。
 海は徐々に荒れてゆく。
 潮風は冷たく激しくなり、六人の肌を突き刺し、艤装をきしませてゆく。
 足元は安定しない。体は上下に揺さぶられる。
 そして、ついに。
「エネミー発見! ブッキー、作戦指揮を!」
 金剛は叫び、先頭を吹雪に返した。
 吹雪の指示で、第五遊撃部隊は陣形を整えた。
「北上さんと大井さんは魚雷の弾幕を展開。わたしもそれに合わせます。加賀さんと瑞鶴さんは空からの攻撃。敵艦隊に邂逅するとともにわたしが前に出て敵艦隊の陣形を崩すので、すかさず金剛さんにさらに撹乱してもらいます。あとはいつも演習でやっている通りに攻め込みましょう。それでは、状況開始です!」


 そして、艦隊は衝突した。
 吹雪の作戦は確かに実を結ぶ。個性が強いどころではない癖だらけの艦娘の寄せ集めだし、各艦の単独行動も多く見受けられる。そんな彼女たちをうまい具合に導き確かな『艦隊戦』に持っていく、それが第五遊撃部隊旗艦としての吹雪の最大の戦略だ。
 ひとつ目の艦隊は殲滅した。こちらのダメージも少ない。同じ戦艦と真正面からぶつかり合った金剛のみ艤装の一部をやられているが、航行不能に陥ったわけではない。
 だが、ここでひとつの問題が発生。加賀が言った。
「吹雪。先ほど私と瑞鶴が索敵したふたつの艦隊が、足並みをそろえてこちらに向かっている。計十二隻、戦力はこちらの二倍。どうするの?」
「成る程です。ひとつ目の艦隊をまず狙わせこちらの動きを把握した上で二艦隊まとまってわたしたちを沈めようと狙っていたのなら、非常に危険です。鎮守府に向け針路反転! 支援艦隊と合流し次第、戦闘を再開しましょう」
 だが、ここで大井が反論する。
「もし支援が来なかったら?」
「わたしは金剛さんと零式を信じます。それに、このままでは勝ち目は薄いです」
「信じるって…… でも、敵は障害電波を起こすほど用意周到なのよ? おそらくは今頃金剛さんの索敵機だって」
「黙りなさい」
 そう冷たくぴしゃりと言い放ったのは、加賀だった。
「加賀さん、あなた……っ!」
「かつて私たち五人で決めた旗艦よ。その旗艦に背いてどうなると? そんな心配して何か状況が変わる? 大事なのは心配することよりも、一歩でもいい、それは前に進むこと。行動すること。信じるべきを信じること。私たちが信じるべきは、私たちの総意で決めた旗艦の言葉。違う?」
「く……っ!」
「Off course! でしたら!」
 機関音を響かせ、金剛が叫ぶ。
「そのブッキーが信じてくれると言った私も、ブッキーを、艦隊の仲間を信じマース! 迷っている暇はありません。ターントゥーバァーック!」
「はーい意見具申〜」
 早速金剛が駆けだそうとしたところに、とてつもなく気の抜けた北上の言葉が割って入る。思わず金剛は前につんのめって海面にべしゃんと顔面を打ち付ける。
「Ouch!」
「こんなんでましたけど〜」
 ……それは、あまりにも古いネタ。
 そんな北上が握っていたのは、照明弾。
「意見その一:鎮守府に近づきすぎると、鎮守府がいろいろ危険にさらされると思うんだよね。だから意見その二:ある程度まで近づいたらこの照明弾を打ち上げる。どうせ敵艦隊にはこの艦隊の位置がバレてるんだから大してリスクは変わらないし、どうよ?」
「……迷っている暇はありません! ではそれで行きましょう!」
「んじゃあこれ、大井っちに預けるよ。打ち上げは大井っちでいいかな、吹雪?」
「はい、お願いします!」


 鎮守府近海。
 振り返れば、十二隻の深海凄艦が背後からこちらを狙っている。敵空母はいつでも艦載機を発艦できるよう飛行甲板上部の屋根を持ち上げている。敵雷巡もいつ魚雷を打ち出してきてもおかしくない。
 金剛が叫ぶ。
「ブッキー、そろそろ!」
「はい。大井さん、照明弾を!」
 吹雪の指示で照明弾が打ち上げられる。厚い雲に覆われたどんよりと暗い空にひときわまぶしい閃光が輝く。
「お願い、誰か気づいてください……! それでは皆さん、これより敵艦隊を討ちます。作戦は先ほどと同様です。無理せず落ち着いて攻めていきましょう。取り舵回頭百八十度、戦闘開始!」
 大きな半円を描いて敵艦隊に向かう一同。すかさず加賀と瑞鶴は艦載機を弓より放ち、北上と大井も魚雷を一斉に射出する。そんな彼女たちに一歩先んじて、敵艦隊も艦載機と魚雷を放っていた。
「対空、回避!」
 確かな連携で第五遊撃部隊は敵の第一次攻撃を回避。そしてこちらの攻撃は、初手にて駆逐艦三隻、戦艦一隻を撃破。やや不利は和らいだ。
 だが、ここにきて雨が降り出す。ぽつぽつと雨粒が肌をなでる程度かと思えば、まるでバケツをひっくり返したかのような大雨となる。敵味方共に連携が崩れ、波に呑まれないよう持ちこたえるのが精いっぱいだ。
「空母には不利……。吹雪!」
 加賀の声で、吹雪は叫ぶ。
「敵空母に火力集中、撃てぇっ!」
 水雷組は魚雷を、金剛は連装砲を放つ。それは見事に三隻のうち二隻の敵空母に直撃、撃沈に成功した。すかさずこの砲火のただなかに突っ込んだ金剛は、なんと残った空母の横に出た。
「……ッ!?」
「Fire!」
 すれ違いざまの金剛の一撃。さらに艤装を盾にしての体当たり。二段攻撃によって残った空母も沈んだ。
「すごい、金剛さん……」
「ブッキー、このままではこっちの空母も手も足も出まセーン! 次なる指示を!」
「はい。ではこの嵐を脱出します。針路西へ!」
 だが。
「ンウォォォォオオ……!」
 そうはさせまいと、敵艦が横一列になって阻んでいた。
「囲まれた! 全艦後進!」
「ダメよ。戦艦が待ち構えてる」
「前門のタイガー、後門のウルフ! 参りましたネー」
「左右にも逃がしてくれそうもない……!」
 挟み込まれた吹雪たち。
 じりじりと迫りくる敵艦隊。
 彼女たちに狙いを定める漆黒の砲門。
 これほどの危機に立たされて、絶望と焦りににじむ一同。だが。
 それでも、吹雪は考えることをやめなかった。
「だったら正面突破しか。『あの作戦』、やってみちゃおうかな?」
「ブッキー?」


 だが、その時だ。
(いなずま)の本気を見るのです!」
 甲高い叫び声とともに魚雷が接近。それらは敵艦に命中、大ダメージを与えた。
「大丈夫、わたしたちがいるじゃない!」
「一人前のレディーとして登場させていただくわ」
「艦隊のアイドル、華麗に登場〜!」
 駆けつけたのは、駆逐艦の「電」、「(いかずち)」、「(あかつき)」、軽巡洋艦「那珂(なか)」、「神通(じんつう)」、そして川内だ。
 そして次なる支援艦隊が、彼女たちに続く。
「んじゃあ連装砲ちゃーん、やーっちゃーってー」
「不死鳥の名はダテじゃない!」
 敵艦の間を縫うように進むのは、『速さ』に命をかける駆逐艦「島風(しまかぜ)」、そして暁たちと同型艦の「(ひびき)」。そんな島風は背中に魚雷発射管を背負っているだけの軽装備で、それ以外の火力は彼女が連れている三基の連装砲(れんそうほう)ちゃんが担っている。彼女たちが立て続けに発射する魚雷は、次々と敵艦を退けてゆく。
「ギエェェェェェェエエエ!」
「気合い! 入れて! 行きます!」
 戦艦に立ち向かうのは、金剛の妹「比叡(ひえい)」。さらに彼女の頭上を飛ぶ無数の砲弾。放ったのは同じく金剛の同型艦「榛名(はるな)」、「霧島(きりしま)」の二隻。装甲空母「大鳳(たいほう)」も続く。
「お姉様、お待たせしました!」「戦況は分析しています」「この際徹底的に撃滅しますか」
 妹たちの登場に、今号も力強くサムズアップを掲げた。
「活躍を期待してマース!」
 すかさず大鳳はクロスボウ型カタパルトを構え、敵戦艦の主砲をそれで弾き飛ばす。まるでカンフーあるいは柔術のような接近戦を繰り広げる戦艦と大鳳。腕や手刀、主砲やカタパルトが、接触、衝突する音が激しく響き渡る。
「Wow! 映画で見ました、ガン=カタ!」
 金剛が叫ぶ。敵戦艦と大鳳が繰り広げるその華麗な手さばきに、誰もが圧倒されて息を呑む。そしてついに。
「てい!」
 敵戦艦頭部に銃口を向け、引き金を引く。
 艦載機ではなく爆薬が撃ち込まれ、大爆発とともに(つい)に敵戦艦は灰色の海に沈んだ。
 支援艦隊の登場によって、形勢は一気に逆転。敵艦隊の陣形も崩れ、残すは数隻となる。
 すかさず、吹雪が指示を出す。
「水雷戦隊は魚雷で弾幕を展開! 雨も晴れてきました、空母の皆さんも助力をお願いします!」
 確かに先ほどよりも雨は弱くなっている。雨の具合を見て、加賀、瑞鶴、大鳳はそれぞれの弓矢とクロスボウを構えた。
「撃ち方はじめ! 撃ぅーてぇーっ!」
 吹雪の合図により、一斉に放たれる魚雷と砲弾。
 続けて襲い掛かるのは、艦載機による爆撃。
 次々に炸裂する爆雷と、煌々と燃え盛る炎、そして轟く爆音。
 断末魔の叫びを上げ、沈みゆく敵艦たち。
 吹雪は周囲を見渡し、号令する。
「……全艦、微速で後進してください」
 敵艦隊があった場所から距離を置く一同。
 そして爆炎が鎮火して現れたもの。
 吹雪はそれを見据える。
「……戦艦、一隻健在」
 仲間たちだった沈みゆく残骸に囲まれ、ただ一隻立ち尽くす影。
 すらりと背が高く長い髪を不気味になびかせる()……。
 「戦艦ル級」。
 どんよりと淀んだ双眸を吹雪たちに向け、無表情ながらすさまじい気迫を放ちながらにらみつけている。
 主砲を構える戦艦。そんな彼女から視線を逸らすことなく吹雪は対峙する。
「あとひと息。旗艦、最後の指揮を」
「いえ、加賀さん。わたしがやります」
 駆逐艦が戦艦に立ち向かう。そう決意した吹雪に、加賀は無論、誰もが驚く。そんな彼女に北上と大井が反論した。
「……本気?」「無茶に決まってるわ、何考えてるの!」
「演習での対金剛さん用に考えていた作戦があります。手負いの戦艦一隻くらい何とかなります。いいですよね、金剛さん?」
 吹雪のその言葉に、金剛は面白そうに微笑んだ。
「今朝の続きですネ? 面白そうデース」
「あんたまで!」
「己に負けじと我が道進むべきデース!」
 大井の言葉を無視し、金剛は吹雪を応援する。
 だが、瑞鶴が口を挟む。
「今朝の続きだとしても、やっぱり駆逐艦一隻だけじゃ危険よ。それにこれは演習じゃないわ。……せめて、あたしたちにも手伝わせて」
「わかりました、お願いします。……では」
 吹雪は瑞鶴の次に加賀、そして大鳳を見て、彼女たちに言った。
「瑞鶴さん、加賀さん、大鳳さん。艦載機で敵の注意をかく乱させてください。それだけでいいです。わたしは一気に倒しに行きます」
「了解、旗艦」「任せなさい!」「了解」
 吹雪はぐっとひざを曲げてしっかりと踏ん張り、そして。
「行きます! 両舷全速!」
 しぶきを上げて走り出した。
 吹雪を一気に追い越す、瑞鶴と加賀、そして大鳳が放った艦載機。戦艦は対空装備で艦載機を追い払いながら、主砲を吹雪に向けて彼女に向かって突進する。だが吹雪も無計画に正面から突っ込むわけではない。
 何と、吹雪の足が沈み始めた。膝の下まで海に沈み、その状態で吹雪は航行する。
 金剛はフム、とうなずく。
「成る程。傾斜復元用の注水装置を作動させて、さらに体を低くするわけですか」
「どゆこと?」
 大井の質問に金剛は懇切丁寧に答える。
「知っての通り、戦艦(バトルシップ)は大きく駆逐艦(デストロイヤー)は小さい。それだけ体格差がある二隻が急接近した場合、戦艦のすぐ真下は戦艦にとって大きな死角となります。そしてその死角から駆逐艦は攻撃ができる。ブッキーはそれを利用した作戦に出たのデース。
 しかも海水を取り込むことによってあえて自分自身を沈ませ、エネミーとブッキーにできる体格差をさらに広げ、敵の攻撃が当たりづらくしたわけデース」
「でも、あまりに無茶な! 真正面から向かって、カウンター食らったらどうするの!」
「Yes,無茶にも(レベル)があります。But,その無茶を誰が想定しますか? ブッキーはこれまでにも何度も想定外のことをやってのけ、戦局をひっくり返してきました。今回もきっと、何とかしてくれるはずデース!」
 吹雪に再び注意を向け、主砲を向ける戦艦。だがその時にはすでに、吹雪は主砲がとらえられない距離にまで接近していた。
「うあぁぁ!」
 戦艦の腹部めがけて主砲を撃つ。それは見事に命中。沈めることはできなかったが、艦載機との攻撃も併せて注意をかく乱することはできた。
「ンァァァァアア!」
「次の手!」
 戦艦の主砲が、向きを変えて再び吹雪を狙う。対する吹雪は戦艦とすれ違って彼女の右舷をすり抜ける。そしてそのまま面舵(右方向転舵)を切り急旋回、攻撃手段を使わずさらにかく乱する。
「ブッキーやりますねぇ」
 ふむふむとうなずく金剛に、電が首をかしげて尋ねる。
「でも吹雪ちゃん、あのまま敵をかく乱しながら攻撃を続けるだけなのです? このままだと砲弾を切らしてしまうのです」
「まぁまぁ、見てるデース。私も楽しみですしネー」
 急接近したかと思いきや、今度は急速に距離を取る吹雪。艦首(正面)は戦艦を向いたままスクリューを反転させる形で全速後進、主砲も魚雷発射管も敵を向いた状態だ。
 それに対して戦艦は、奇襲をやめた吹雪に向かおうとする。だが、ここでひとつの異変が起こった。
 雷が八重歯を唇に引っ掛けて叫ぶ。
「どうしたの!?」
「ブッキーが下ろした釣り針に、大魚(ヌシ)が掛かったようデース」
 何と戦艦は両足を大きく開いて、右に左に、大きくぐらつく。
 動力に異常が起こったようだ。見れば、吹雪の艤装から鎖が伸びてそれが海の中に沈んでいる。これはどういうことか。
「ブッキーはすれ違いざまにアンカーを下ろし、それをル級(てき)のスクリューに絡ませたのでしょう。これで敵艦はもはや航行不能。ブッキーは一気にカタをつけるはずデース!」
「成る程なのです! もしかしてこれは、さっき言っていた!?」
「Yes! 演習で私に使おうとしていた作戦でしょう。艦載機で注意をかく乱し、スクリューに錨と鎖を絡ませ動きを封じ、バランスを取ることすら難しくしてしまう。これこそ、ブッキーの本当の狙いネー!」
 そう。
 海中では戦艦のスクリューに吹雪が下ろした錨が絡まっていたのだ。
「でっ、でも! それだと吹雪ちゃんも敵に狙われてしまうのです!」
「そうでしょうか? 安定した状態ならともかく、あんな風に体が傾いた状態で小さな的を冷静に狙えますか? 私が敵艦の立場なら、ブッキーにすぐに狙いを定めることはまず難しいですネ〜」
 スクリューに異常をきたした戦艦は、何とか姿勢を立て直そうとするのに必死だ。一方の吹雪は敵と鎖でしっかりと固定された状態で安定して立っている。
 機は熟した。
「お願い、当たってください……! 魚雷、斉射!」
 叫び、吹雪は魚雷をすべて解き放つ。
 勢いよく発射された魚雷は、いまだ体勢を立て直せない戦艦にまっすぐ向かってゆく。
 そして。
「沈めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええっ!」


 魚雷は命中。
 大爆音を轟かせ、耳をつんざくような叫び声を響かせながら、戦艦は沈んだ。
 魚雷を装填し主砲を構え、最後まで気を抜かずに海に生じた波紋をにらみ続ける吹雪。そして敵が完全に沈黙したことを確認し、吹雪は構えを解いた。
「……戦闘終了です」
 敵は完全に駆逐した。
 吹雪の戦闘終了宣言に仲間たちは沸き上がり、手を叩き合ったり抱き合ったりして喜んだ。ひとり静かにほほ笑む響が、激戦を終えた吹雪をねぎらいに行く。
「ハラショー」
「ありがとう、響ちゃん」
 加賀と瑞鶴も。
「よい作戦指揮でした」
「新年早々楽しくないわね。やれやれ、提督の執務室に一発ぶちかましてやろうかしら」
 大井と北上も。
「私と北上さんの時間を邪魔する不届き物など、万死に値しますわ!」
「まぁ、海が平和ならそれが一番だよねぇ」
 暁と島風も。
「それでは帰ってお風呂に入りましょー。レディーファーストだからね、先にいただくわよ?」
競漕(きょうそう)なら負けないよ?」
 そんな勝利の喜びに浸る仲間たちのもとに、響に付き添われて吹雪が帰ってきた。金剛が彼女にねぎらいの言葉をかける。
「ブッキー、見事な戦いぶりでしたネ! あれをやられていたら、私も敵わなかったデース」
「でもこれで、さっきの()は金剛さんには使えなくなっちゃいましたね。新しい作戦を考えます」
「待ってますヨ! それではブッキー、艦隊に帰投命れ……」


 だが。
「待って! まだ生きてる敵艦がいる!」
 そう叫んだのは雷。
 彼女の足元には、まだ海面ではいつくばっている敵艦「雷巡チ級」がいる。艤装はボロボロだが、かろうじて無事な魚雷発射管を軋ませながら雷に向けようとしている。
「そんな!」
 艦隊に戦慄が走る。彼女たちは敵雷巡との距離を取り、それぞれの武装を構える。
「雷ちゃん、下がって!」
 吹雪は叫ぶ。だが。
「まだ戦うの?」
「グ……ッ!」
 雷は、歯をギリギリとかみしめてまだ戦おうとする雷巡を見下ろしていた。
「あなたは、あなたたちは勇敢に戦った。そして負けた。負けたことはあくまで結果。でもわたしたちもあなたたちも名誉のために戦ったはず。だからわたしは、あなたを一隻の艦娘として敬意を表するわ」
 雷巡の魚雷発射管が、止まった。
 静まり返る海。
 雷の背中を見つめる吹雪。
 そして雷が続けた言葉は。
「我らが旗艦の許しがあれば、わたしはあなたを助けるわ」
 その言葉には、誰もが驚きを隠せず叫び声をあげた。
 大井が激怒し、怒鳴る。
「雷! あんた、自分が何を言っているのか分かってるの!? 深海棲艦は私たち連合を、いえ世界を脅かす者。それを助けるとか、頭おかしいんじゃないの!?」
「違うのです」
 雷の妹である電が言った。
「戦争には勝ちたいけど、命は助けたいのです。それは当たり前のことだと思わないのです?」
「脅威を祓う、それ以外の当たり前があると!?」
 そんなふたりの間に割って入る吹雪。
 そして、彼女が口にした言葉は。
「……敵を救助してください」
 驚くべき言葉だった。
 雷の言動は仲間たちを驚かせるべきものだったが、それを認めた吹雪の言葉もまた驚きを隠せないものだった。
「吹雪ちゃん……」
「全責任はわたしが負います。叱られるのには慣れてるからね、任せて。……それでは、全艦隊帰投しましょう。雷巡の護送は雷ちゃんと電ちゃん、金剛さんにお願いして、そのほかの皆さん先に帰投してください」
 吹雪の決断に、誰もが言葉を失う。
 だが、金剛だけは別の意味で。
「ブッキー、後悔はしませんネ?」
「はい。わたしがみんなを守るんです。……敵艦も含めて」
 迷いなく返した吹雪の言葉に。
「その決断、私はいいと思いマス!」
 金剛は微笑んだ。
 雷、そしてそばに駆け付けが電は、戦意を手放した雷巡に手を差し伸べてやさしく言った。
「あなたを名誉あるゲストとして歓迎するわ」
「なのです!」


 その日の夜。
 鎮守府、提督執務室。
 そこには提督のほか、秘書艦である長門とその補佐の陸奥、そして今回の作戦において旗艦を務めた吹雪がいた。
 長門が言う。
「……報告書は読ませてもらった。我が鎮守府の艦娘の損失はなし、敵艦隊も雷巡一隻を残し全艦撃沈、雷巡を拿捕して連行したそうだな。文句なしのA判定の勝利だ。
 今回敵雷巡をこの鎮守府に連れてきたことで、深海棲艦の行動原理を知り、奴らの目的や戦略などを聞き出すことができそうだ。連合、敵艦隊、双方にこれ以上の無用な争いを起こすことも少なくでき、そして消し去ることも期待できよう」
「はい」
「時に、敵雷巡を拿捕するというこの判断はお前がしたものか?」
 長門の鋭い視線が、吹雪の瞳を突き刺す。
 本当は雷が提案し、電と吹雪がその背中を押す形となった。
 だが。
「……はい、わたしが助けようと思いました」
「そうか。それなら、よくやったと言っておこう」
「ありがとうございます」
 そのあとを陸奥が継いだ。
「今回の出撃は元日ってこともあるし、長門が言ったような今後の戦況につながる成果も上がったことで、第五遊撃部隊及び支援艦隊のみんなには特別褒賞が受容されるわ。またひとつ、『吹雪ちゃん株式会社』の株価上昇ね!」
「か、株価……? ありがとうございます。あれ? わたし社長でしたっけ?」
 長門が提督の視線を受け取り、無言でうなずくと、吹雪に言った。
「ご苦労、もう下がっていい。今日はゆっくり休んでくれ。また第五遊撃部隊には活躍してもらう機会もあろう。それはそうと、これは私の思うところなのだが」
「はい?」
 敬礼を返そうとした吹雪だが、再び長門に向き直った。
「戦いは勝利こそがすべてだ。その勝利は強さを以ってしか得られない。その強さは、火力、戦略と戦術、精神力、冷静な判断、多くの要素がある。
 だが力に溺れ心を失ってはいけない。力は時として心をむしばんでしまう。その一方で、だからと言って優しいばかりでもダメだ。優しさもまた時として履き違えた甘さとなり、その甘さは心にスキを生じさせる。
 敵を討ち果たす力も、敵さえも救う優しさも、わずかな間違いが己の身を滅ぼしてしまう。難しいさじ加減だが、見誤らないでもらいたい。そして今回の戦果に喜ぶばかりでなく、一層気を引き締めて任に臨むように。下がってよし」
「はい、ありがとうございます。失礼いたします」
 敬礼をし、吹雪は執務室を出てゆく。


 ところが。
「とは言ってもねぇ〜! 私だってあんな厳しいことを言いたくて言ってるわけじゃないんでちゅよぉ〜!」
 自らの艤装の中で飼い慣らしているリスの子を抱きしめて、自室でひとりわめく長門。
 そんな様子を。
「ついに壊れたわね」
「この際徹底的に無視しましょう」
「それが優しさだと……」
 陸奥、大鳳、そして大淀が、扉の隙間からそっとうかがっていた。それはもう、痛々しいものを見るような目で。あるいは親心に似た、生暖かく見守るような優しい目で。
「私だってねぇ〜! 吹雪ちゃんのことをよくできましたって戦果報告書にはなまるつけて褒めてあげたいんでちゅよぉー! なでなではぐはぐしてあげたいんでちゅよ〜〜〜!」
 もう重症だ。
 陸奥たちはそっと、長門の部屋の扉を閉めるのだった。



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