《プロローグ 響CHALLENGE!》


 とあるテレビスタジオ。
 カメラとマイク、リフレクターなどの機材に囲まれる中、ひとりの少女が海をイメージした水色のタンクトップとショートパンツに身を包んでいた。
 彼女の名前は、我那覇響(がなは ひびき)。765プロダクション所属のアイドルのひとりだ。ポニーテールにまとめても腰まで届く長い髪と褐色の肌、下唇に引っかかりそうな八重歯が特徴的。沖縄出身で現地の方言を使うことが多く、笑顔と元気が彼女のチャームポイントだ。
「はいさーい! みんなお待ちかね、『響チャレンジ!』のコーナーだぞ! 今日挑戦するのは、ワイルドミニ四駆との競争だ。これを見てくれ!」
 テレビスタジオ前の広場には、斜めに立てかけられた巨大な板。幅五メートル、全長およそ五十メートル、傾斜角四十五度。そしてその先には、板の最上部から水平になった奥行き一メートル弱の板が一枚。表面には『GOAL!』と書かれた赤いリボンが引かれ、裏面には赤いボタンがひとつ取り付けられている。
 これはどういうことだろう。
「今からここにあるワイルドミニ四駆シリーズのひとつ、ブルヘッドJr.(ジュニア)と競争するぞ。ブルヘッドはこの板の上を頑張って登ってもらって、あたしはこの裏のデコボコを伝ってあのゴールを目指そうと思う。
 あたしが挑戦する競技を知らない人に説明すると、自然の山や壁じゃなくて人が作った足場を登る競技はインドアクライミングって言うんだ。ほかのクライミング競技をフリークライミングとかボルダリングとか呼ぶけど、分類分けがいろいろ細かいからそこらへんはみんなで調べてくれ!
 では、こっちもブルヘッドもスタンバイOK! いつでも始めちゃって!」
 響が紹介した四輪駆動の模型、ブルヘッド。青いボディに銀色のフレームと排気口が輝き、赤いファイヤーパターンがワイルドさを引き立たせる。タイヤは大きく、作業用重機のようなスパイクがついている。モーターの回転に対してタイヤの回転は遅く、その分坂道でも楽に登れるトルクを誇る。
「大丈夫、響ちゃん?」
 インカムの向こうで、番組司会の春香が呼びかける。そんな彼女に答えるため、響はカメラのレンズに向かってサムズアップを掲げた。
「なんくるないさー! ファンや視聴者のみんなも、応援よろしく!」







旅するまめしば開設五周年記念作品 第二弾

『アイドルマスター ツインスターズ - T H E   I D O L M @ S T E R   T W I N   S T @ R S -


《登場人物》
天海春香
如月千早
星井美希
菊地真
萩原雪歩
双海亜美・真美
我那覇響
ジュピター(天ヶ瀬冬馬・伊集院北斗・御手洗翔太)
音無小鳥
プロデューサー




 季節は冬。
 都内某所。
 たるき亭ビル2号館3F、芸能プロダクション事務所『765プロダクション』。
 この日も765プロのアイドルたちは、冬の寒さも吹き飛ばすほどに元気に楽しく一生懸命、そして騒々しく、仕事に励んでいる。
 ……はずなのだが。


 昼時も過ぎたころ。
「おはようございます」
 ドアの音とともに、静かながらはっきりとした声が聞こえてくる。
 声の主は、如月千早(きさらぎ ちはや)。長い黒髪と凛とした表情が特徴。そしてドアを閉めるしぐさや歩き方を取ってもクールのひとことに尽きる。
 だが、いつもなら真っ先にプロデューサーや事務員、社長、アイドル仲間の声が出迎えてくれるはずが、彼女の耳に届いたのは何かの騒々しい音。
「おはよう、千早。いつもより早いんじゃないか?」
 声をかけてくるのは、765プロのプロデューサーの青年。細いフレームの眼鏡にさわやかな顔立ち、高い背丈を持つ。
「そうでしょうか。……それより何ですか、この妙な騒がしさは?」
「あぁ。みんなで『ミニ四駆』で遊んでるんだ。待っててくれ、今あったかい飲み物用意するから。緑茶でいいか?」
「あ、はい、では…… って、ミニ四駆? どうして?」
 プロデューサーは給湯室に向かおうとしたが、誰かに後ろからぐいと袖を引っ張られて危うくしりもちをつきそうになった。
「ねえねえ兄ちゃん!」
「ちょっと来てよ!」
 プロデューサーを兄ちゃんと叫ぶのは、765プロ最年少の双子アイドル、双海亜美(ふたみ あみ)と双海真美(まみ)。楽しいこととトラブルが大好きなわんぱく少女で、親しい人にはあだ名をつけることが多い。短い髪を右側で結っているのが亜美で、長い髪を左側で結っているのが真美。だが髪をほどくとどちらがどちらなのかよく分からなくなる。
「亜美たちのミニ四駆変な音がするの、見てくれる!?」
「グリスを塗ってもギャーギャーって音が鳴りやまなくって。あ、千早お姉ちゃんおはよう!」
「腕つかむな、袖引っ張るな! 何のためにジュピターの三人を連れてきたんだよ。冬馬(とうま)たちに見てもらえばいいだろ?」
「ダメだよ、あまとう(冬馬のこと)ってば完全に夢中になって遊んじゃってるもん。真美たちの相手してくれない!」
「あちゃ〜。分かった分かった、今見てやるから。ごめん小鳥(ことり)さん、千早にお茶を…… って転ぶ!」
「あ、うん、おはよう。亜美、真美……」
 出勤早々騒々しい展開に、千早はただぽかんと口を開けて立ち尽くすことしかできないでいた。そんな彼女に、女性事務員の音無(おとなし)小鳥が声をかけてきた。ボブカットの髪にカチューシャがよく似合い、口元のほくろがチャーミーだ。
「あははは。プロデューサーさん本当に亜美ちゃんと真美ちゃんのお兄さんみたいね。寒い中お疲れさま。じゃあコートとマフラーかけて給湯室においで、お茶入れるから」
「あ、ありがとうございます。遅れましたけど、おはようございます」
「はい、おはようございます。ゆっくりでいいわよ、準備してるから」
 小鳥に言われるが、千早はしばしこの事務所の中央に群がりミニ四駆をいじっているアイドルたちと、事務所の床を占領しているミニ四駆のサーキットを、遠巻きに眺めていた。


 ミニ四駆は、株式会社タミヤ(旧:株式会社田宮模型)が展開している四輪駆動のホビーである。レースに使用できない車種やオフロード種もあるが、ここではレース向けのキットを紹介したい。
 ミニ四駆はキット単体、電池とモーターがあればそれを組み立てて走らせて遊ぶことができるが、別に売られているグレードアップパーツを使ってカスタマイズし、レースでは誰よりも早くゴールするということが主な遊び方だ。


 さて、そんなミニ四駆のカスタマイズを終えたらしい3人がコースに並ぶ。
「じゃーん! わたしは駆動部分を丁寧に作ってみたよ!」
 そう言うのは、天海春香(あまみ はるか)。髪は短くそろえ赤いリボンをふたつ対になるように飾っている。とにかくよく転ぶ、何かにぶつかるといったドジな面が目立つが、明るく前向きな振る舞いが好印象の少女だ。
 春香が手にしているのは、ビートマグナム。白いボディに青と赤のラインと同色のファイヤーパターン、リアウィングの「BEAT MAGNUM」の車名が引き立つ。フロントタイヤ前のヘッドライトは、鋭い目つきのような迫力をまとっている。
「ありがと、兄ちゃん! これで亜美たちも走れるね!」
「うん。真美たちがこのレースの王様だぜぃ!」
 プロデューサーの助けを借り、ギアの問題を解決した亜美と真美。ギアは様々な条件に合わせてモーターとシャフトを介するギアの比率を変える場合があるが、正しいギアの組み合わせをしないと駆動部がすさまじい悲鳴を上げるのだ。
 亜美と真美のマシンは、ダッシュ1号・皇帝(エンペラー)。赤とオレンジの縦ラインと稲妻パターンが印象的で、角ばったフォルムからは力強さを感じる。フロントノズル部にはやはり角ばったフォントで記された「496」のゼッケンが強く主張している。
「ミキだって負けないの! 見ててねハニー、これでぶっちぎりで勝っちゃうから!」
 プロデューサーをハニーと呼ぶのは、無邪気な笑顔と長い金髪がまぶしい星井美希(ほしい みき)。ノリが軽く、オシャレ好きで流行に敏感な少女。飽きっぽい性格だが、ダンスをわずかな期間でマスターする非凡さも持ち合わせている。
 美希のマシンは、スーパーアバンテRS。もともとRCカーのミニ四駆化キット・アバンテJr.を発祥とし、Jr.の面影を強く残したマイナーチェンジ版。そのほかにもアバンテの名を冠したマシンは続々と開発されており、アバンテシリーズはミニ四駆ファンから根強い人気を誇っている。
 だが美希は付属のシールはキャノピー(窓のこと)以外には使わず、リアウィングの代わりにプラスチック製のピンク色のリボンを取り付け、マニキュアで塗装したボディにはネイルアート用のビーズやジュエリーシールなどでデコレーションしている。オシャレな女の子らしさをこれでもかと押し出したマシンに仕上がった。
 春香、亜美、美希がそれぞれ一レーン、二レーン、三レーンに並び、真美がコース中央にてスタートラインに向かうシグナルのスイッチに手を添える。シグナルにはまだ光がともっていない。三人同時に、ミニ四駆のスイッチを入れる。
 春香のビートマグナムは、アルミ製やゴム製などの高性能ガイドローラー、ギアを仕込んだ特殊なホイールを使っていること以外は大した改造はしていないように見える。だが、駆動部は丁寧に仕上げたという言葉通り、とても静かで無駄のない音を響かせる。
 一方の亜美&真美コンビのエンペラー、美希のアバンテはカシャカシャという妙な音が強い。ギアの比率は正しくても、内部で強い摩擦が生じていることがうかがえる。グリスの塗りが不充分なのだろうか。
「あーいむれりー、あーゆれいりー? てなわけでっ!」
 陽気に歌を口ずさみ、真美はシグナルのスイッチを押した。
 ブザーとともに赤いランプが光る。そして。
 再度ブザーが鳴り、今度は緑色のランプ。
「GO!」
 一斉にスタートする三台のマシン。
 だが。
「いっけぇっ! って、あれ? あっれぇっ!?」
 どういうことか、ビートマグナムはまるでリクガメの歩みのようなのろのろとした速度でしか進んでいない。駆動音に変化はなくそちらに問題があるようには見られないが、どういうことだろう?
「おーっと、いきなりマグナムがへそ曲げたーっ! どういうことだこれは!? 対するデコ盛りとエンペラーは快調に走ってゆく! 最初に橋に入った分、デコ盛りが遅れ気味だがどうなる!?」
 真美がペットボトルのドリンクをマイク代わりに実況する。これにはアイドル仲間もジュピターの三人も見入ってしまっていた。スタートダッシュでいきなりトラブルを起こしたビートマグナムは、すぐさま春香に回収された。
「どうして? ねぇどうして!?」
「デコ盛り追う、王様逃げる! さあどうなるっ!?」
 滝のように涙を流す春香をしり目に、レースは続く。
 快調に走るアバンテとエンペラー。だが、互いに三週目を走りゴールを目の前にして、とんでもないアクシデントが起こった。
 コース全体に衝撃が走る。
 何と、アバンテのウィングに当たるリボンがレーンチェンジャーに引っかかり、その場で止まってしまったのだ。リボンには亀裂が走り、アバンテ本体は前輪が宙に浮いた状態で完全に止まってしまっていた。
「なんとー! ここでどうしたことだ、デコ盛りが橋に引っかかってしまった! 身動きが取れない、レースは続かないっ!」
「えぇーっ!?」
 美希が愕然としているところに、何とエンペラーが差し迫ってきた。キャッチする暇もなく、エンペラーはアバンテの後部に激突。勢い余ってエンペラーはコースの外に弾き飛ばされてしまい、さらなる衝撃によってアバンテのリボンは砕け散り、アバンテは再び走り出すが美希はショックのあまりそれを受け止めようともしない。
「あふぅ……」
 気力を失い、美希は気絶寸前。
 誰もが頭を抱え、そして首を横に振る、散々なレースだった。
「やれやれだな……」
 そんな誰もが沈み込んだところに、春香が素っ頓狂な叫び声をあげた。
「あぁーっ、そうだったんですかーっ!」
 ギョッとする一同。どうやら春香は、プロデューサーにミニ四駆の相談をしていたようだ。
 美希が尋ねる。
「どうしたの?」
「うん、分かったんだ、どうしてカメさん走りをしてたのか。このホイール、逆につけちゃいけないのに逆につけちゃってたんだ。だからホイールの中でギアが空回りして進まなかったんだよ……」
 ビートマグナムのタイヤに使われていたホイールは、大径ワンウェイホイール。シャフトの受け口とタイヤの接触面が独立しており、ギアの働きによって一方にしかタイヤは歯止めがかからない。空転と歯止めの働きでコーナーでの抵抗を減らすのがこのホイールの特徴なのだが、左右を間違えるとすべてのホイールが完全に空転してしまうのだ。
 日ごろからうっかりが絶えない春香。ここでもやってしまったうっかりに、誰もがさらに頭を抱えた。
「あははははは…… でも、でも、次はきっとうまく走るよ。ね?」


 その様子を壁越しに給湯室で見ていた千早は。
「楽しそうですけど、仕事じゃないですよね、あれ?」
「ううん。ちゃんとした仕事なのよ、あれでも」
 千早とともにお茶を口にしながら、小鳥は答えた。
「実はね。今度、亜美ちゃんと真美ちゃんがミニ四駆関連のお仕事をもらってね。それで、ミニ四駆がどんなものなのかを遊びながらみんなで勉強してるってわけ。ふたりが実際にマシンを組み立てて、真美ちゃんがシグナルを押して実況しているのも、みんな次のお仕事につながるのよ」
「そうでしたか。でもみんなでやる必要はないんじゃないですか? あまつさえジュピターまで呼んで」
「冬馬くんたちは、仕事が終わったばかりのところを亜美ちゃんたちに強引に事務所まで連れてこられたんだって。最初は嫌がってたけど、ミニ四駆のことを話に出したら目の色変えて夢中になって遊び始めちゃったのよ」
「頭痛いです。最悪ジュピターの新しい事務所に対するギャラ発生しますよ」
「それは考え物ね、あははは……」


 今度はジュピターの三人、そして萩原雪歩(はぎわら ゆきほ)菊地真(きくち まこと)コンビが並ぶ。
 ジュピターは天ヶ瀬(あまがせ)冬馬、伊集院北斗(いじゅいん ほくと)御手洗翔太(みたらい しょうた)の男性三人による男性アイドルユニット。かつてはある人物の陰謀によって765プロと敵対していたが、和解した現在は亜美と真美からあだ名をつけられるほど親しくなっている。
 萩原雪歩、引っ込み思案で小動物的なアイドル。髪は小鳥と同じくらいにそろえ、キュートという言葉がよく似合う。ただでさえ臆病だが男性と犬が苦手で、落ち込んだり恐怖に陥ったりすると穴を掘って埋まろうとする妙な癖がある。
 菊地真、一人称は「ボク」でルックスも少年的というボク少女。空手の黒帯保持者で中途半端を嫌うとてもたくましい性格で、その外見と立ち振る舞いから女性ファンが多い。だが、実は女の子らしさやお姫様のイメージに対するあこがれを強く抱いている。
 ジュピターが知恵を出し合ってカスタマイズしたのは、エアロアバンテ。美希が選んだ先述のアバンテシリーズの中でも流体力学を詰め込んだF1カー型エアロマシンで、ダウンフォース(車体を地面に押し付ける力)や駆動部冷却機能に富んでいる。風を味方につけ、最速を極めるために生まれたマシンだ。
 雪歩と真のマシンは、ミニ四駆パンダ。その名の通り、コックピットにはハンドルを握ったパンダの塗装済みフィギュアが乗っているとてもかわいいマシン。ボディはアバンテ同様にレーシングカータイプだが、オレンジのボディに対して黒いウィング、そしてそれに刻印されたTAMIYAエンブレムのインパクトが強い。
「えへへへ。ボクたちのマシンかっわいいでしょー!?」
 真が胸を張って自慢するが、
「…………」
 総員、コメントに困る。
 これで雪歩が持っていたら絵になっていたのだろうけれど。
「あれ!? 何このリアクション!? ボク、どこかでスベった!?」
「真ちゃん、レース頑張ろう……」
 真を慕う雪歩が、同情交じりに励ましてくれた。
「それではシグナルに注目! レディー!」
 真美が再びシグナルのスイッチに手を添え。
「ゴー!」
 第一レーンからエアロアバンテ、第二レーンからパンダが、スタートした。
「行け、アバンテ! 風を制した者が勝つ、それがミニ四駆だ!」
「パンダ負けるなー!」
「いけぇーっ! 負けたら承知しないぞー!」
 ジュピターの三人と雪歩&真コンビ、実況の真美。六人はマシンを追いながらヒートアップする。周囲の仲間たちも大いに盛り上がる。
「さあ始まった男と女の意地をかけたバトル! 勝つのは新アバンテか、オレンジパンダか!」
 最初は互角の戦いを繰り広げていた。だが、二週目でレーンチェンジャーに突入したパンダは坂のてっぺんで車体が浮き、コースアウトの危機にさらされる。だが何とか壁の上部をシャーシ底面がかすったことでコースアウトは免れたが、このロスによってレーンチェンジャーの障害を抜きにしてもアバンテと大差をつけられてしまった。
「そんな!」「くそっ!」
 雪歩と真が叫ぶが、非情にもアバンテは待ってくれない。
 さらに一周。今度はアバンテがレーンチェンジャーに突入。アバンテがもとから備えている整流効果とパーツの抜群のセッティングによりコースアウトは免れ、大差をつけてパンダに勝利……するかに見えた時だった。
「このままゴール! って、あ!?」
 冬馬が叫ぶ。
 なんとアバンテはレーンチェンジャーを超えるなり前につんのめり、そのまま空中で回転しながらコースアウトしてしまった。がしゃんとすさまじい音を響かせ事務所の床を走り、壁に激突してしまう。
 そしてその間に、パンダが見事にゴールした。まさかの逆転劇にギャラリーも沸き上がり、実況する真美も声を張り上げた。
「アバンテのコースアウトによって形勢逆転! 勝ったのはパンダだぁーっ!」
「へへっ、やりぃ!」「やったね、真ちゃん!」
 雪歩と真は手を高く掲げてたたき合う。そんな雪歩に、亜美がインタビューをしてきた。
「ゆきぴょん(雪歩のこと)、勝った感想をどうぞ!」
「は、はいっ。コースアウトしかけた時はダメだーって思ったけど、最後にちゃんとゴールできてよかったです。青いの(アバンテ)がコースアウトしなければ絶対に負けていたので、青いのにも敬意を表したいと思います」
 対する冬馬も、悔しそうだがさわやかな笑顔で返す。
「おう。次は負けないからな」


 そのゲームを見届けた千早は。
「さすが青い車。結果は惜しかったですが、男子たちが知恵を絞っただけのことはありますね。ところで、四条さんや我那覇さんたちが見当たらないんですけど、お仕事ですか?」
「うん。今言った貴音ちゃんと響ちゃんは、次の『生っすか!?サンデー』のミニコーナーのロケと打ち合わせ。伊織ちゃん、あずささん、やよいちゃんもそれぞれ別のお仕事で、律子さんと高木社長はそれぞれ、あずささんと響ちゃんの付き添い」
「あー、確かにあずささん、方向音痴ですからね」
 千早のその言葉に、小鳥も返す言葉が見当たらずに苦笑いを浮かべるだけだった。
「でも社長がわざわざ付き添わなくても、プロデューサーがいるじゃないですか」
「社長自ら買って出てくれたのよ。私はミニ四駆のことは分からないからきみは残ってあの子たちの相手をしてあげてくれ、ってね」
「なるほどです。でもそのお言葉に甘えちゃうプロデューサーもプロデューサーですけど」
 すると。
「どうだ、千早。お前もミニ四駆やってみないか?」
 亜美と真美から解放されたプロデューサーが、ミニ四駆のキット一式を持ってやってきた。
「あ、私は別に。これから歌の自主練をするつもりでしたし」
「そうか? これも765プロの親睦を深めることも兼ねてと思ったんだけど、それなら仕方な……」
 だがここにきてまた亜美と真美がプロデューサーの腕をつかんできた。
「ここで引き下がらない! 兄ちゃんも営業のプロでしょ!?」
「ねぇねぇ、千早ちゃんもやろうよ、ミニ四駆。楽しいよ〜っ!?」
「それに!」
 亜美が自慢のエンペラーを見せつけ、千早に言う。
「兄ちゃんかピヨちゃん(小鳥のこと)から聞いたと思うけど、今度亜美と真美、ミニ四駆のお仕事もらったんだ。うまくいったら、今度は765みんなでミニ四駆のイベントに呼んでもらえるかもしれないよ? そしたら、千早ちゃんひとりだけ初心者ってことになっていろいろ大変だと思うな。本番ははるるん(春香のこと)よりもドジ踏んだりして!」
 すると。


「……いいでしょう」


 トン、と湯飲みを置く千早。
 その目は歌以外のこととなるとさほど興味を示さない彼女にしては珍しい、闘志に燃えた目だった。
「プロデューサー、その車を私にください」
「えっ? あぁ、いいけど」
「亜美、真美。私の相手としてジュピターの青い車と春香の大きなウィングの車をスタンバイさせておいて。私は三時間以内にその二台よりも早いマシンに仕上げて見せるから」
 そして千早が取り出したのは、ノートパソコン。
 電源を入れ、インターネットをつなぎ、ミニ四駆のカスタマイズを紹介するサイトを片っ端から開き、その隣でミニ四駆キットの箱、ニッパー、ドライバーなどをずらりと並べた。
「さあ行くわよ。一緒に走りましょう、私だけの一台!」


 春香のビートマグナムもタイヤを調整してからは順調に走るようになり、どの車種もさらにカスタマイズされ、白熱のレースが展開されてゆく。
 鬼門はやはりレーンチェンジャー。ミニ四駆は速くなければ相手に勝てないが、速いだけではそこでコースアウトしてしまう。そこをどう切り抜けるか、知恵を出し合って乗り越えてゆく。
 そして、きっかり三時間後。
 誰もが物足りなさを覚え、疲れも見せ始めた時、ようやっと千早のマシンが完成した。
「私も参加してもいい?」
「千早ちゃん! 自分のマシン作ったんだ?」
 春香が目を輝かせて立ち上がる。
「ええ。亜美と真美から聞いてるでしょ? 確かビートマガジン」
「マグナムだよ?」
「そうマグナム! そしてエアロアバ…… アバ……」
「アバンテだ」
 冬馬があきれたように車名を答えた。
「そうアバンテ! 早速勝負しましょう。次にプロデューサーが仕事をもらってきたときに私だけがミニ四駆の何たるかも知らないままというわけにはいかないわ!」
「……何のこと?」
 誰もがきょとんとする中、千早がこれまでの時間、労力、知恵、工夫、工作力をすべてつぎ込んだマシンのスイッチを入れ、第一レーンのスタートラインに添えた。
 千早のマシンは、アビリスタ。伝統的なスポーツカーをモチーフとしてデザイン・設計され、なだらかな曲線と引き締まったボディデザインが強い個性を見せつけている。先述のエアロアバンテ同様にフロントエアインテークを持ち、駆動部冷却機能にも優れている。シャーシも駆動部をその中央に設置することで優れた動力伝達構造を有した、実戦的な一台だ。
 千早はそのボディのキャノピーをすべてくりぬき、丁寧にやすりをかけて金属メッシュを裏から貼り付けることで、軽量化とエアロ効果損失低減の両方をやってのけた。さらにパーツの取り付けも丁寧で無駄がなく、千早の本気さがうかがえる。
「うん。千早ちゃん、一緒に走ろう!」
「ええ。いい勝負をしましょう、春香」
「練習もしてないのにいきなり勝てるとか思うなよ。歌やアイドル業だってそうだろ?」
「その分、歴戦のレーサーたちの知恵とみんなが走っていた様子を観察していたことから分析した対処法をみんなつぎ込んだの。机上の空論もちゃんとした理論!」
 火花を散らす三人。
 そんな彼女たちを応援するように、真美以外の765プロメンバー、ジュピターの北斗と翔太が、イギリスの歌手サラ・ブライトマンの曲『A Question of Honour(クエスチョン・オブ・オナー)/名誉の問題』を熱唱する。勝つこと、負けること、それよりも重要なのは名誉である。名誉のために戦うことを、力強く美しく歌い上げる。


 ……絶対に負けられない戦いが、そこにはある。


「レディー!」
 第二レーンにビートマグナム、第三レーンにエアロアバンテが、それぞれ並ぶ。
 真美がシグナルのボタンを押す。
 ブザーとともに赤いシグナルが、そして。
 次なるブザーとともに青いシグナルがともる。
「ゴー!」
 持ち主の手から離れる、三台のマシン。
 男女アイドルたちの歌声が一層高らかに響き渡る。
「さあ走り始めた、アバンテ、マグナム、アビリスタ! アビリスタの初陣、どんな勝負を見せてくれるのかーっ!?」
 クエスチョン・オブ・オナーの歌声が響き渡る中、春香と冬馬はそれぞれのマシンを応援し、千早は胸の前で拳を握り締め、アビリスタの行方を見守る。
「……鬼門の橋に突入するまでが勝負。一気に引き離せ、アビリスタ」
 千早の願いが届いたか、すべてのマシンが二週目に突入するころにはアビリスタが二番手のマグナムに大差をつけて先頭を走る。コーナーでは雷鳴のようにすさまじいローラーの接触音を響かせ、内側のコースを走るアビリスタがさらなる差をつけた。
「アビリスタがトップ! マグナムが、アバンテが追う! 優勢のアビリスタこのまま逃げ切るのかーっ!?」
 三週目に突入、そしていよいよラストスパート。
 現在先頭を走るアビリスタがこのまま逃げ切るのだろうか。レーンチェンジャーのロスを考えてもても、アビリスタの優位はゆるぎない。このままでは負けてしまうと予見したか、春香と冬馬に焦りの表情が色濃く浮かぶ。
「さあそこを乗り越えて」
 アイドルたちの歌声をかき分けるように、闘志を秘めた千早の声が凛と響く。
 勝敗など関係ない。
 名誉のために走る。
 そして。
「あぁっ!」
 何と言うことだろう。
 アビリスタは見事、レーンチェンジャーでコースアウトしてしまったのだ。
 それもチェンジャーを超えた後ではなく、あまりの速さにチェンジャーのふもとでフロントから舞い上がり、壁を前輪で走りながら横転し、そのまま横を向いてコースアウトしてしまったのだ。
 さらに横の回転が加わったためアビリスタはまるで砲弾のように回転しながら一直線に空中を舞う。そしてその向かう先は。
「げふっ!」
 何と、プロデューサーのみぞおち。
 アビリスタは床に落ちてさかさまにひっくり返った状態で走ることをやめ、プロデューサーはあまりの痛みに襲われ呼吸もできなくなり、真っ青になってその場にひざまずく。これにはアイドル達も歌うことをやめ、心配してプロデューサーのそばに駆け寄る。
「プロデューサー!」
「プロデューサーさん、大丈夫ですか!?」
「兄ちゃんしっかり!」
「まさかのかっとびトルネード! って、それよりあんた大丈夫か!?」
 レースを放り出した冬馬も、コースを飛び越えてプロデューサーのそばに駆け寄った。
「う、うぅ…… まぁ、何とか大丈夫だ。しかしすごいな、ミニ四駆ってこれだけの威力を持つスピードが出るんだな。みんなよく素手で受け止められるよ」
 プロデューサーは何とか呼吸を整えてアビリスタを拾うと、そのスイッチを切った。
「ほら、千早。コースアウトしたのは残念だったが、よくこの短時間で速いマシンを作ったな。すごいじゃないか、なあ」
 プロデューサーが千早にアビリスタを差し出すが、当の千早はプロデューサーのまだ青い顔をただ見つめるだけだった。
「おい、千早?」
「千早ちゃーん?」
「おいお前、ショックすぎた?」
 春香と冬馬も心配する様子で声をかけるが、千早はなお呆然として立ち尽くすだけだった。そして765プロのメンバーたちや北斗と翔太は、気まずさからか誰も何も言えずにただうろたえてばかりいる。
「これは問題に発展するぞ」
「やめろよ怖ぇ」
「千早ちゃん、クビになったりしないですよね……?」
 だが。


「………… ………… ……ぷっ」


 なぜか、千早の口から笑い声が漏れた。
「ぷはっ! ふっくくくく! くひゃはははは! あははははははははは!」
 必死に笑いをこらえている様子だが、こらえられずに腹を抱え、背中を震わせ、悶えながら笑い続ける。
「やばい、ダメだ! 千早の人と外れた笑いのツボにはまったぞこれ!」
 真が叫ぶ。そしてそれに便乗して亜美と真美も。
「なるほど、これはアレですな」
「当たったところがみぞおちというツボのひとつだけに」
 途端、千早の笑いが一瞬止まるが「うんうん!」と言いたげにうなずいてまた笑い出した。今の面白くもないダジャレも笑いのツボだったようだ。
「もうダメ…… 今から、ひぃ、歌のレッスンを、しようと、あはは、思った、のに! プロデューサーにも、ふひひゃ、悪いことしたって、思ってるのに! 私を、笑い死なせる気なの、ふひゃはは、この、ミニ四駆ってのは!」
 千早の笑いはもはや収拾がつかない。
 誰もが呆然とし、これはもはや千早が笑いやむのを待つしかないと結論付けるのだった。
「もうダメ! ミニ四駆、最っ高ぉーにおもしろいっ!」


 そして。
 765プロオールスターズの冠番組『生っすか!?サンデー』本番。
 その日はミニ四駆の公式大会が行われ、その会場にはプロデューサーと亜美と真美の姿があった。
 大手テレビ局のカメラの前で、亜美と真美は堂々とした振る舞いで実況する。
「こんにちは! みんなのアイドルかわいい系の亜美と!」
「みんなの癒し系の真美、合わせて!」
「新ユニット『TWIN ST@RS(ツインスターズ)』が、ミニ四駆の魅力をたっぷりとお伝えしたいと思います。と言うわけで!」
 亜美と真美は視線を合わせ、叫んだ。
「新コーナー、『突撃ツインスターズ!』のはじまりぃーっ!」






《エピローグ 響CHALLENGE!》


 ピストルの音とともに走り出したブルヘッド、登り出した響。
 ひとつのコーナーとコマーシャルを挟み、現在はブルヘッドがややリード。最初は響が飛ばしていたが、やはり四十度という坂を反対側から登るというのはさすがに無理があったのか。
「ひー、ひー! これ、案外きついぞ!」
「がんばれー、響ちゃーん!」
 テレビ局前のギャラリー、そして生っすかスタジオでも、多くのファンや仲間たちが応援してくれている。響はそれを励みに、まだまだ上り続ける。手足は震え、歯はギリギリと音を立ててきしみ、汗がいつもの逆方向に流れてウェアににじんでゆく。
 こらえる響。だが、とうとう限界は来てしまった。
「もうちょっと、あと少しであの足場に…… って!」
 伸びる手が次なる足場に届く前に、響の残る手足は彼女を支えることをあきらめてしまった。
「うわあああ!」
 落ちる響。ロープが伸びて彼女を吊り上げ、響はまるでヨーヨーのようにしばらく空中を上下していた。そうこうしているうちにブルヘッドは頂上の平台まで到達し、ゴールラインを越えてしまった。
「そ、そんなぁ〜……」
 響が、そして多くの人がため息をつく。だがそんな響の頑張りをたたえ、ギャラリーからもスタジオからもあたたかな拍手が響き渡る。そして春香もねぎらいの言葉をかけた。
「お疲れさま、響ちゃん。わたしだったら十秒も持たないよ」
「お疲れ〜。帰ったらハニーがおいしいご馳走を用意して待っててくれるよ!」
「ちょっと美希、やれやれ。……というわけで、今回の響チャレンジ」
 三人のうしろの液晶パネルには、『失敗』の文字が落ちてくる。
 このコーナーをもって番組も終わり、司会の三人が番組を締めくくる。そして響の手足は完全に響の言うことを聞かなくなってしまっており、響はロープで地上に下ろされても満足に立ち歩くことはおろか、這うことすらできないでいた。


「ち、ちっくしょぉ〜。次は負けないんだからなぁ〜っ!」











《制作協力》


 765プロ相模原支部のみなさん




 注1:この作品は、2016年3月21日に開催されたイベント『THE IDOLM@NIAX アイドルマニアックス』様にて『765プロ相模原支部』の作品として販売(無料配布)した同人誌に加筆・修正を施したものです。
 注2:『ミニ四駆』は、株式会社タミヤ様の登録商標です。



TOPまでッ!

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